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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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6/8

親切

 ダンジョンで暴れ回った次の日のこと。


 ギルスはユリカに呼び出されて、カフェでお話をすることになった。


 早朝なので誰もが慌ただしく、そんな日常にどこか懐かしさを覚える。きっと自分も同じだった筈だと、彼はぼんやり思っていた。


「どうですかー、お久しぶりの日本は?」

「色々と変わって驚きました。少しだけ、思い出したんです」


 断片的な記憶のいくつかをユリカに話してみる。すると彼女は、どこか楽しげに耳を傾けてくれた。


「じゃあやっぱりギルスさんは、ダンジョンが生まれて間もない頃に転移された、初期帰還者に該当しているんだと思います」

「初期帰還者……」

「はい。帰還者は失踪した時期からグループ分けがされているんですけど、初期はダンジョンが生まれた四十年前から、ざっと五年くらいに該当する人を指します。もうほとんど現れないらしくって」


 地球にダンジョンが現れるようになって、約四十年が経過している。


 その頃に転移させられた人々は、大抵の場合は老齢に達しているか、亡くなっている。


「でも、ギルスさんは見たところ、全然お若いですよね」


 ここで当然の疑問を、ユリカが口にする。魔人になった事実がバレそうになり、内心落ち着かない気持ちになった。


「でも、転移した世界によっては、時の流れが変わってしまうらしいんです。だから、若いままでいられたのかもしれませんね」

「確かに、あの世界は普通じゃありませんでした」


 どうやら、異世界という神秘のせいで済んだらしい。ギルスはホッとしていた。


「ではギルスさん。まずは帰還者用の臨時マイナンバーカードを作りに行きましょう……あら? どうしました?」


 カフェを出ようとしたところで、運転係の男——彼の名は春巻と言った——と同僚の女がやってきて、彼女にスマホを見せている。


 すると、おっとりした顔が徐々に、焦りと戸惑いに変化していった。


「え、ちょ、ちょっと。これって、もしかして。ギルスさん?」


 ユリカはスマホをギルスに向ける。


(これは、昨日の俺か。まさか、あの状況でカメラを回せるとは……)


 ダンジョン庁の上司から送られてきた動画は衝撃的であり、目前にいる青年に疑問を抱くに十分であった。


 訝しげな視線を送る二人の黒服は、すでに昨日からこの事実を掴んでいる。


 どこかのんびりとしている新卒二年目の仲間が、知らないことを察知して伝えに来たようだ。


 ユリカは今になってようやくこの騒ぎを知り、分かりやすく狼狽えていた。


 よく分からないが、何度かはっきり顔が映ってしまっている。ここでしらばっくれたところで意味はないだろう。


「はい。実は昨日、いろいろありまして」


 そう考えた彼はあっさりと認め、昨日あったことを正直に語った。


「まあ! なんて凄い。ギルスさんは、その……あんまり戦いとかは得意じゃないのかなって思っていました。でも、ここにいる魔物はみんな、危険度Aに該当する者ばかりです」

「危険度?」


 ギルスにはピンと来ない表現である。


 魔物の脅威について、近年では危険度という表現が使われる場合がある。


 危険度Aは一般人では到底歯が立たない、地球に存在するどの生物より危険とされる化物達だ。


 そんな説明を聞かされても、やはり彼は首を傾げていた。


「俺にはそこまで危険な相手には見えませんでしたが」

「え……でも、あんなにおっきな魔物じゃないですか」

「デカいだけでしょう」


 ダンジョン庁の面々は、彼の返答に呆気に取られている。


「と、とにかく! ギルスさん、しばらくはダンジョンに行っちゃいけません。というよりも、一人で行くのはこれから先も絶対にダメです」

「なぜです?」

「ソロで探索なんて、危ないからです! あ、そうでした。もう時間ですね。さあ、そろそろ参りましょう」


 ダンジョン庁の他二名は、明らかにこの帰還者を警戒している。


 だが、昨日から彼の世話をしているユリカは、あまり疑っていない様子である。


(この人、どこか変わっているのかもしれないな。俺も人のことは言えないが)


 そんな呑気なことを考えながら、ギルスは役所に連れられて行った。


 自身のことが分からない、役所の行方不明リストにもない、謎だけの日本人。


 そんな素性不明の場合でも、個人情報の登録はしなくてはいけない。


 臨時マイナンバーカードなるものを彼は知らなかったので、色々と戸惑う場面があった。


 役所の人々が親切だったので、問題なく登録することができたことに、彼は素直に感謝していた。


 カードの手続きを終えると、今度は病院に向かうことになる。帰還者の健康状態について、諸々の検査をしなくてはならないらしい。


(病院の検査は、あまり変わってない気がする。そういえば、こんな検査をしたことがあったような……)


 白い壁と白衣。点滴をしながら歩いている患者。誰かを呼ぶ声。身体測定から血圧、採血など。


 どれもかすかに覚えがある。こうして彼は、何かをする度に少しずつ、過去の自分を見つけていくことになる。


 全ての検査が終わった後、正面玄関を出ると黒塗りの車が停めてあった。ここまで送迎してくれたダンジョン庁のものだ。


 ガラスの向こうで、ユリカと黒服の男が何か話をしている。


 彼女はなにか慌てている様子だったが、ある時から空気が変わった。


 明らかに、彼らに対して怒り出していたのだ。黒服の二人は困惑した様子で、ギルスは車に乗っていいものか悩んでしまう。


 そうこうしているうちに、後部座席のドアが空き、ご機嫌斜めになったユリカがこちらに向かってきた。


「早かったですね。では、お家までお送りします。電車で行きましょう」

「でも。あちらの車は」

「電車のほうが楽ですよ。乗り方も覚えたほうが良いですから」

「はあ……」


 どうやら喧嘩をしたらしい。一体何があったのか。


 他人事ながら、彼は先ほどのやり取りが気になっていた。言われるがまま電車に乗り、見た覚えがないビルばかりの景色を眺める。


 電車に乗っている間も、ユリカは熱心にこれからの生活や保証、社会復帰についてギルスに教えてくれた。


 ただ、修羅のような世界から戻ってきた男にとって、この親切さには違和感がある。


 事実、ユリカはダンジョン庁の保護課職員の中で、誰よりも帰還者に対して親身に接している。


 電車の広告を眺めながら、彼は少しばかり知りたくなった。


「どうしてユリカさんは、そんなに親切にしてくれるんですか」

「え? みんな親切ですよ。うちのメンバーは」

「でも、あの二人の目と、あなたの目は違う」

「あー、そうですね。警戒しちゃってるんだと思います。ギルスさんが、あんなに強いなんて知らなかったので。でも、きっと今だけです。みんな分かってくれると思います」


 楽観的なのか、天然なのか。興味が増してしまう。


「やっぱり、ユリカさんは変わっている。普通はここまで熱心に助けてくれはしないでしょう」

「え、そんなことないです。でも……ちょっとだけ、感情移入しちゃうところは、あるのかもしれないです」


 感情移入という単語に、何か予感を覚える。彼女はきっと、自分のことを打ち明けてくれるつもりだ。


「私がまだ子供の頃に、父がダンジョンで行方不明になったんです」

「……お父さんが」

「はい。魔物に食べられちゃった、とかそういうのではなくて。みんなで潜っていたら、光に飲まれていつの間にか消えてしまった……そう言われたんです。後で見せてもらったのですけど、映像も残ってて」


 ユリカの父はダンジョンで行方不明になった。まだ八歳だった彼女は、大好きだった父が帰ってこない事実を知ると、長い間悲しみにくれたという。


「学生の頃は、これでもダンジョンに潜ったりしました。父がいなくなったあのダンジョンに行けば、もっと潜れば……いつか会えるんじゃないか。そんなことも思っていましたね。でも、結局会えませんでしたけど」


 時折元気な笑顔を見せたりするが、彼女は今でも思い出す度に悲しんでいる。


 失踪から十六年が経とうとしている今もなお、心のどこかにいつも父の影があった。


 悲しみが痛いほど伝わってきて、ギルスはやるせない気分になった。


 その姿を目にして、心配させてしまったと思ったのだろう。ハッとしたユリカが頭を下げてきた。


「ごめんなさい! 嫌な話をしちゃいましたね」

「いえ、とんでもない。ただ、なんて言ったらいいか」

「いいんです。だから私、この仕事を始めたんです。いつかお父さんに会えるって、まだ諦めてませんから! あ、なんかすみません。自分語りばかりで」

「とんでもない。話してもらえて嬉しかったです」


 この人は信頼できる。そう思った時、ギルスは自然と微笑んでいた。


 ユリカは彼の笑顔を見て、少しばかり照れていた。


「……なんだか、ギルスさんって不思議ですね。私、お会いしたばかりの方に、こんなお話するなんて初めてです。あ! ここですよ」


 帰り際にもしっかり今後のスケジュールを伝えられ、ギルスは電車を降りた。


 アパートに戻ってみると、異世界になかった一人だけの世界がある。


 これが彼にとっては癒しであり、幸せであった。


 ただ、一つ妙なことが起きた。


 カーテンを開けてベランダに出た時だ。遠い空の向こうに何かが浮かんでいる。


 それは白い風船を持った熊のようだった。


(あれは……)


 嫌な予感半分、どうでもいいも半分。


 あくびをしながら、彼はカーテンを閉めて家の中に戻って行った。

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