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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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青空の向こうで

 世界中を震撼させた大事件から、一週間が経過した。


 多数の死傷者を出し、日本のみならず世界でも報道が続いている。


 事件そのものは解決に向かっているが、関わった人々はどうなったのか。


 まずは今回の事件の発端となった男、タダオについての話になる。彼は現在入院中だ。


 尋常ではない肉体的ダメージの回復を待って、大量殺人を中心とした裁判が始まる予定になっている。


 タダオが無罪を勝ち取ることはまず不可能であり、彼は死刑が確定されるまでの段階を淡々と踏んでいくしかない。


 では彼の仲間たちはどうなったか。


 黒道はスタジオで死んだ。百木は貴重な吸血被害にあった対象として、病院で様々な検査を受けている。しかし彼女の体は戻らず、実はこれから裁判も控えている。


 江古田エイリーンは探索者としてはソロとなり、大学に通いながら新しい仲間を探している。


 つまりタダオのチームは解散したも同然だった。


 続いてダンジョン庁職員、春巻について。


 彼はすでに聴取を受け、裁判の準備を始めている。


 もはやこれまで行ってきた多くの不正は明らかであり、タダオの異世界召喚を許した責任はあまりにも大きい。


 春巻は普通に暮らしてさえいれば、順調にエリートとしての人生を満喫することができた。


 しかし、彼は自ら足を踏み外したのである。刑務所の中で永い年月を過ごさなくてはならないか、または死刑になる可能性もある。


 面会したユリカは、憔悴しきった春巻を見て言葉を失っていた。


 彼女にとって、良き相棒であったはずの男。まさかこのような姿になるとは、考えもしていなかったことである。


 しかも、この失態は彼だけに留まらない。


 部長以上の上位にいて、かつ春巻の言うとおりにタダオの異世界召喚を許可した者達もまた、処罰の対象だ。


 ダンジョン庁は、これから大きな人員変動が始まる。どうなっていくか先行きは不透明だ。


 春巻との面会を終えたユリカは、それでも気持ちを切り替えなくてはならなかった。


 ギルスの願いを叶える為に、ある場所へと向かう必要があったからである。


 ◇


 その女性は、ずっと一人の孤独を噛み締めていた。


 東北にある病院の個室で、息も絶え絶えになりながら、懸命に生きようとしていた。


 彼女はギルスの母親であり、四十年ほど前に行方不明になった夫と息子のことを、ずっと探し続けていた。


 しかしダンジョンの奥に消えてしまった二人を見つけ出すことができず、パートで生計を立てながら暮らしていた。


 高齢になり大病を患った彼女は、自らの死期がいよいよ迫っていることを知っている。


 それは今日かもしれないし、明日かもしれない。床頭台には家族の写真が立てかけられていた。


 すぐ側にはアルバムがあり、夫や息子と過ごした多くの日々が詰まっている。


 夫が行方不明になったあの日から、彼女の生活は光が消えたようになった。


 さらに一年後、息子までが行方不明になった時、どれほど泣き崩れたことか分からない。


 心の奥では、もう会えないと予感していた。それでも、どうしても夫と息子に会いたい。彼女は奇跡を信じたかった。


 しかし、誰しもがいつかこの世からお別れしなくてはならない。


 苦しくなる呼吸、意識が薄れていくような感覚に、彼女は抗いたかった。


 だがそれも、もう終わり。非情な予感がした。


 だからなのか。看護師から「面会に来た人がいる」という声を聞いた時、最初は反応すらできなかった。


 ドアが横に開かれ、誰かが入ってきた。どこかで感じた雰囲気と似ている。


 彼女は何か頼りなげに近づいてくるその青年を、最初はじっと見つめただけだった。


「……ごめん」


 青年に見える男——ギルスは当初、ここに来るまでにありとあらゆる挨拶と、これまでの説明……そして謝罪についてを必死に考えていた。


 しかし母の姿を目にした途端、全ての準備は意味を無くし、ただ謝罪の言葉しか頭に浮かばなかったのである。


 意識が朦朧としていた彼女は、まるで夢のような光景に小さく震え出した。


 しばらくして、母と息子の瞳からは涙が止まらなくなってしまう。


「おかえり……ああ、会いたかった。会いたかった」


 ようやく絞り出すようにして、母が言った。息子は寄り添い、母の痩せ細った左手を両手で優しく包む。


「俺も。俺もずっと会いたかった。でも帰ってこれなくて、それで……ごめん。ずっとずっと一人にして、ごめん」


 気がつけば息子は、母の側で泣いていた。


 そしてこの時、母は息子が夢ではなく、本当にここに戻ってきたのだと実感し、喜びが胸に満ちていった。


「もう会えないんじゃないかって、いつも思っていたの。でもこうして来てくれたんだね。……ありがとう」


 母はその後に何度も自分の名を呼び、感謝を口にしてくれた。


 息子は咽び泣きながら、何度も謝罪した。


 そして、彼が恐れていた質問がくる。


「お父さんは? お父さんには会えた?」


 実はここに来る前、父の真実を伝えようと思っていた。だが、今の母の姿を目にして、あの残酷な事実をどうして伝えられるだろう。


 静かな時間が流れた。母は息子が悩んでいることを知り、小さく微笑んだ。


「会えなかったのね。でもいいのよ。頑張ってくれて、ありがとうね」


 ギルスの胸は苦しくて堪らなかった。


 母はこんな自分を許してくれている。その事実に、尚更悲しみが込み上げてくる。


 二人のやり取りは、微かだが廊下にも聞こえていた。


 警備と称してやってきた金髪の少女が、ドアの近くに立っている。彼女の瞳にはすでに涙が溢れていた。


 ギルスの母を見つけた女性もここにいる。ユリカは椅子に腰を下ろして、ハンカチで光るものを拭っていた。


「……ギルス様……」

「これが、あの人の願いだったんですね」


 異世界にやって来てから長い間、彼はずっと罪悪感を抱えていた。


 自分なら父を連れてこれる、などという思い上がりなど簡単に打ちのめされた。


 魔物に追いかけ回されていた時も、必死で剣をとって戦った時も、仲間を作って異世界に順応した時も。


 どんな時だって両親のことを忘れたことはなく、特に母のことは気がかりでならなかった。


 いつの日か父を連れて、母のもとに帰りたい。


 そして母に、ずっと一人にしてしまったことを謝罪したい。会えなかった分を取り返せるように、親孝行がしたい。


 彼はそれだけを願っていた。しかし過酷な異世界の戦争に巻き込まれ、魔人となって永い年数を経た時、何を願っていたのかも忘れてしまった。


 ゲイオスとの戦いにおいて、ようやく記憶を取り戻したのだが、父を連れて帰るという夢は脆くも崩れ去ってしまう。


 最後に残ったのは、ただ母に会いたいという気持ちだけであった。


 彼はユリカに電話して、自らの本名と出生を伝え、母を探してほしいと頼んだ。


 ほどなくして、故郷の病院に入院中であることが分かったのである。


 二人が再会できた時間は僅かだった。母はその後、静かにこの世から旅立った。


 ギルスの心中は悲しみでいっぱいだったが、母の最後の顔は安らかだった。


 きっと父と天国で再会しているはずだ。多分父は必死に謝ることだろう。母はありったけの文句を言った後、また仲良く一緒に暮らすに違いない。


 そんな二人の姿を、一人になった息子は思い描きながら、灰色の空を眺めていた。


 ◇


 さらに一週間後が経ち、世は少しずつ元に戻ろうと動き続けていた。


 世間の変化と同じように、ギルスもまた変わろうとしていた。


 彼は自らの故郷に帰る準備を進めている。


 地元でアパートを借りるつもりでいた。実家はすでになくなり、母が借りていた古いアパートは取り壊しが決まっていた。


 遺品整理もしなくてはならないし、仕事の問題もある。


 だが、それらの困りごとを解決してくれたのはユリカだった。


 駅前で会った彼女と、彼は久しぶりにカフェで話をした。


 どうやら遺品整理や仕事の問題についても、必要な手配をしてくれるという。


「心配しないでください。あ、それから新しいお家も、私と一緒に探しましょう」

「え。いや、そこまでは……さすがに」

「お気になさらず。だって私、ギルスさんの担当ですから」


 ギルスは彼女の親切に戸惑っていた。ここまでするというのは、もはや仕事の領域を出ているのではないか、という疑問も生じている。


「ですが、俺はもう東京から出ることになります。もうユリカさんともお別れに」

「え? いいえ。だってまだ、半年経っていませんもの」

「半年……ああ」


 そういえば、彼女は半年はギルスを支援すると説明していた。なかなかに過保護な気がしてならない。


「でも、俺の故郷まで来るのは大変でしょう」

「新幹線ですぐです。一週間に一回なら、大丈夫ですよ」

「はあ……」

「あの……ご迷惑でしたか」


 ギルスが気の進まない反応を見せていると、ユリカはなぜか不安げな顔になる。


 彼女の心はよく分かっていないが、心配させまいと微笑んでみせた。


「いいえ。むしろ、本当に助かっています」


 彼の言葉に、おせっかいな職員は花のような笑顔になった。


「うふふ! じゃあお会計をしたら、まずは一緒にお買い物にでもいきましょうか。新生活、サポートしますね」


 そうして、なんとユリカはギルスの手を掴み、一緒に歩き出そうとした。


 だがここで、彼女が予期すらしていない人物が現れる。ルナであった。


「き、貴様! 何をしている」

「え? あ、あなたは……病院でお会いしましたよね」

「ギルス様から離れろ」


 金髪の少女は瞬時に距離を詰めると、繋いでいた手をぱっと離させてしまう。


「きゃっ! もう、なんですか急に」

「ギルス様、故郷に戻られるとのこと、聞き及んでおります」


 ユリカの反論など聞くつもりもなく、片膝をつくルナに、彼は苦笑した。


「どこで聞いたんだろうな。ここでは畏まらなくていい」

「は、はい。その、新天地でも危険はつきものです。僕はそこでも、警護をさせていただければと」

「あ、あのー。本当にどういうご関係ですか」


 困惑するユリカと、ギルスについていこうと必死なルナ。


 そんな二人の間に入るように、カフェにやってきた男がいる。頭にターバンを巻いていた。


「あーごめんなさい。友人なんですよぉ、俺たち」

「え? あ、ゆ……友人、ですか」


 平日はほとんど人が来ないカフェが、今日は随分と賑やかになっている。


「お姉さん、うちの野蛮人がすみません。ところで、この辺りに馬を預けておけるお店とか、知りませんかね?」

「は、はい? 馬……ですかっ」

「ポルンガ! 僕のどこが野蛮だ! ギルス様、もうここを離れましょう」


 今度はルナがギルスを連れ出そうとする。


「ちょっと! ギルスさんが迷惑しています」

「迷惑ではない!」

「あー、そろそろまたシーちゃんが暴れる頃だ。いつもヤベーよアイツ!」


 ギルスはそんな彼らの姿を見て、微笑ましい気持ちになっていた。


 結局、その後は三人で買い物をした後に、シロをユリカに紹介してあげた。神馬は思いのほか彼女に懐いていた。


 ちなみにだが、少しだけ今後の彼らについて話そう。まず、ユリカとの定期面談は半年経っても終わらない。むしろ増える。


 ルナとポルンガ、シロとの付き合いも続く。


 特にルナに至っては、すっかり日本を気に入ってしまい、この地でギルスと過ごす日々に夢中になった。


 それだけではなく、皐月アオハやダンジョンコレクターズとのチャットも、これからも定期的にやり取りをし、会って遊ぶことにもなる。


 さらにエイリーンとはSNSで繋がっており、仙台で好きなバンドのライブがあるとか、旅行に行くついでなどと言われ、遊ばないかと誘われる日常が待っている。


 つまり故郷に戻っても、ギルスは孤独ではなかった。むしろ彼は多くの仲間に囲まれている。


 彼の日常はこれからも騒がしい。しかし、それは決して悪いものではない。


(俺は今、幸せなのかもしれない)


 ユリカとルナ、ポルンガやシロと一緒に街並みを歩きながら、彼は空を見上げてそう思った。


 青く澄み渡った空の向こうで、両親が見守ってくれているような気がした。

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