全滅
話は地球に帰還した日にもどる。
夕方を過ぎた頃、ギルスは好奇心から街に出かけてみることにした。
誰もが昔とは大きく違う格好をしている。
彼が異世界に転移する前は、髪を染めている者などいなかったが、今は当たり前のようだ。
男女ともにスタイルが良くなり、街も美しくなった気がする。
そんなことを思っていたギルスは、ふと人集りができているのを目にした。
奥を覗いてみたところ、馴染み深いものが目に映る。
(ダンジョンか。そういえば地球にもあったな……しかし、メチャクチャな場所にできたものだ)
人集りの向こうに洞窟が見える。都会の真ん中に、どう見ても不釣り合いな迷宮が顔を見せていた。
警察や警備員が集まっており、何か異質な空気が流れている。
普段は解放されている漆黒の入り口は、誰も通さないとばかりに塞がれていた。
「本当にダンコレがやられそうなのか?」
「今も配信続けているけど、これ……」
「マジでヤバいじゃん! 早く救出しないと死人が出るぞ」
「警察は何をやってんだよ。さっさと助けに行けよ」
当初、ギルスには会話の意味がよく分からなかった。
しばらく耳を澄ましているうちに、やっと何が起こっているか理解ができた。
(ダンジョンの中に入った連中が、危険な目に遭っているということか。しかし、スマホとやらはダンジョンの中まで見れるのか)
まだまだスマホ素人である彼にとって、ダンジョンの映像が流れているシーンが見えたのは驚きであった。
しかも話では、この映像は録画されているものではなく、今起こっていることが流されているらしい。
(警官達は、恐らく増援を待っているんだろう。しかし悠長に待っている時間はなさそうだ。襲っている魔物は……)
前で会話をしている二人の男子に、彼はさりげなく近づいて声をかける。
「すみません。その映像、ちょっとだけ観せてもらえますか」
「え? あ、はい」
四人組の男女が、多数の魔物に襲われていた。カメラがブレているので、詳細が分かりにくい。
それでも、ギルスはおおよその状況を掴むことができた。
「ありがとうございました」
「は、はあ……あれ?」
スマホでしばらく映像を見せた青年は、次の瞬間には消えていた。
また、このとき現場にいた警官や警備員達は、口を揃えてこう証言している。
入り口は完全に閉鎖していた筈で、あのような青年が一人で入ろうとしていた姿は見ていない……と。
◇
ダンジョンコレクターズと名乗る探索者チームが、未曾有の危機を迎えていた。
それは地下八階に到達した時のこと。
ダンジョンの仕組みとして、地下へ潜るほど魔物が強くなっていく、という傾向がある。
ほとんどのダンジョンにおいて、魔物達が出現する階層と強さは共通しており、上層、中層、下層などと区別されている。
この度、彼らが潜っていた地下八階は、本来であれば中層に該当する。
魔物も幾分危険な存在となっているが、ベテランの探索者チームにとっては遊びのような場所だ。
ただ、八階に降りたばかりの時、一行のリーダーは違和感を覚えたという。
通常のダンジョンよりも細かく入り組んだ通路は、まさに迷路そのもの。
途中までは魔物の気配すらなく、ただ歩いているだけ。
しかし異変が起きたのは中ほど……つまり八階の真ん中辺りに到達した頃であった。
突如として通路がシャッターのように上がり、フロア一面が大部屋に変わったのである。
「え、えっ!? なんですかこれ」
チームの撮影係を務めていた皐月アオハは、驚いて手にしていたカメラを落としそうになる。
彼女はバイトとして雇われた高校一年生であり、ダンジョン探索者への憧れから、募集されていた撮影バイトに志願していた。
黒髪のショートカットに学生服という、何処にでもいそうな活発な少女だ。
ただ、ダンジョン探索に挑戦するような人は基本的には変わり者であり、彼女も例外ではない。
チームメンバー四人のリーダーである影山は、かつてない現象に戸惑いつつも、素人を安心させるべく最初は笑っていた。
「ギミックダンジョンっていうやつかな。こういうのもたまにあるんだよ。でも大丈夫。ギミックがある分、魔物は弱いっていうのが常識だから」
「お、おい。リーダー」
周囲を見渡していた仲間の男が、額に汗を流していた。
「なんか、ヤバい魔物ばっかりじゃねえか」
「何?」
フロアは東京ドームよりずっと広く、薄暗いため遠くまで視認することが難しい。
それでも彼らの目には、四方から魔物の大群が迫って来ることが分かったのである。
しかもそれらの魔物は皆、八階程度で現れる連中ではない。
ギガンテス、ドラゴン、デビルマンモスといった、大型の怪物ばかりがひしめいている。
血に飢えた魔物達は、五つの獲物を見つけた途端、喜びの咆哮と共に駆け出した。
「うわああ! た、退却! 退却だー!」
かくしてダンジョンコレクターズの悲劇が始まった。
そもそも包囲されているので、敵を蹴散らしながら突破するしかない。
だがやってくる魔物達はいずれも、一体でさえ手強い大型魔物ばかりである。
このような事象は前代未聞であり、全滅必至の緊急事態だ。
「ひゃあー!?」
当然、探索素人のアオハはパニック状態に陥った。それでも逃げようと必死に走り回るのだが、どこにいても魔物だらけ。
いち早く事態を察知した視聴者が通報を行ったが、それでも助けが来るのは時間を要する。
ダンジョンコレクターズは、抵抗しながらも魔物に噛みつかれ、振り回され、転がされていく。
棍棒が大地に叩きつけられ、地鳴りと共に煙が噴き上がる。ドラゴンの火炎が、仲間もろとも人を焼き払おうと唸る。
「あ、あああ!」
アオハはデビルマンモスの突進を、ギリギリのところでかわしたが、石に躓いて転んでしまった。
誰かの悲鳴と怒号が聞こえる。恐怖に震えて立ち上がれなくなった彼女を、薄笑いを浮かべた巨人が見下ろしていた。
「あ。あ、あたし……」
何を言いかけたのか、自分でも覚えていない。
ただ、死を強く意識したことだけは確かであった。
体が自分のものではないみたいに重く、動いてくれない。
ギガンテスは右手に持った人よりも大きな棍棒を、天高く振り上げた。
彼女だけではなく、この時ダンジョンコレクターズは誰しもが死を予感していた。どうにもならない、圧倒的な数と暴力。
最初に理不尽すぎる事故の犠牲として選ばれたのは、若干十五歳の少女である。
ギガンテスはその巨体からは想像もできない速さで、一気に棍棒を振り下ろした。
「ひっ!」
少女は頭を両手で覆い、亀のような姿勢になる。意味のない守り方でしかない。
棍棒は確かに少女を捉えていた。そして命は一瞬のうちに闇へと消えるはずであった。
しかしそうはならなかったことを、後に誰もが奇跡と思ったに違いない。
数秒の後、喧騒だらけの世界にまだ自分がいる。
違和感に気づいたアオハは、恐る恐る顔を上げてみた。
視界が暗く染まっている。見えているが、何が起きているのか理解が追いつかない。
無理もない。なぜなら巨大な棍棒は、一人の青年の手によって止められていたから。
「大丈夫か」
棍棒を左手一本で止めている男は、顔だけをこちらに向けて問いかけてきた。
「はひ!? え、あ」
(大丈夫そうだな)
直後に彼は消えた。正確には視界からいなくなった。ギガンテスもいない。
なぜか全身が、台風のような風に包まれる。
そう実感したところで、遥か遠くで爆発したような音がした。
先ほどのギガンテスが、ダンジョンの壁を突き抜けて吹き飛んだのだ。
「な、ななな何!? 何が起こってるの!」
少女はキョロキョロと周囲を見渡し、まさに異常な世界が訪れていることを知る。
ありとあらゆる方向から、竜巻が吹いてくるようだった。魔物の血が飛び交い、獰猛な叫びはいつしか悲鳴に変わる。
アオハは混乱に支配されつつも、落としていたカメラを拾った。
周囲に魔物はいなくなり、遠くのほうで悍ましい声が轟いている。
「みんなは!?」
チームメンバーの無事を確かめたくて、とにかく周囲を探す。彼女は魔物の遺体に隠れながら探し回った。
すると、一人……また一人と倒れていた仲間が見つかる。
誰もがボロボロではあったが、致命傷は負っていない。
「一体何者なんだ。あの男は……」
最後に見つかったチームリーダーは、さらに地下へと続く階段の方向へ目をやっていた。
信じられないことに、二十匹以上はいた巨大な魔物達を、たった一人で青年は全滅させたのである。
魔物の死体が山となっていた。その頂上にあたる場所に、彼は一人立っている。
まるで何事もなかったかのように、涼しい顔をして。
しかし全身は血で染まり、殺しの空気に満ちていた。遠間からでも鉄のような匂いが漂ってくる。
そして五人が見つめるなか、彼は霧のように消えてしまった。
微かに残っていた黒い稲妻に、気がついた者はまだいない。




