戦いの時
彼にそのつもりはなかった。全ては偶然の産物に過ぎない。
新しいスーパーを開拓するべく、ドローンに道案内をさせていたギルスは、辿り着いた先でぼんやりとしていた。
(これがスーパーなのか。随分と暗いが)
入り口には警備員らしき人達がいる。他にもスーパーの近くにはいくつかテントが張られていた。
人気がないわけではないが、なぜか異様な雰囲気を感じる。
ただ、このドローンで検索した先で見つけたスーパーは、間違いなくここだ。
何か変だと思いつつも、店内に入ってみることにした。
警備員達は少々驚いた様子を見せたが、止めようとはしない。
いざ入ってみると、商品が何も置かれていない空っぽの店内だった。やけに薄暗く、明かりもついていない。
(もしかして開店前だったか? それなら警備員が止めるはずだが)
先ほどまではドローンに先頭を進ませていたが、今は彼が前を歩いている。
店の中は不気味なほど静まり返っていた。
(ん? 地下に明かりが……下で売っているのか)
階段を降りて行った先には、さまざまな店が並んでいた。
地下商店街といった通りは、明るいけれどやはり人気がない。
服やアクセサリー、本屋といった店を横切っていく中で、ギルスは特に異彩を放つ店を見つけた。
(ゲームセンターか、懐かしいな)
新たな記憶が蘇ってくる。確か中学生の頃、よくゲームセンターに通っていたはずだ。
友達と一緒にゲームを楽しんでいたものだった。
ただ、ここでもギルスは驚かされる。かつて自分が遊んでいた当時より、ゲームセンターは大きく進化を遂げていた。
よく分からない筐体は大きく、キラキラとしていて、画面の中では3Dのキャラクター達が派手に動き回っている。
ビデオゲーム、クレーンゲーム、メダルゲーム、音楽ゲーム……どれもこれも面白そうだ。
(やってみるか)
そう思いお金を入れようとしたのだが、ここで違和感を覚える。
どのゲームも、お金を入れるところがない。スマホで決済できるようなものもない。
よく見れば、どのゲームも何かが微妙におかしい。
映像と音声が少しだけずれていたり、時折何も映らなくなったり。
しかしそれらの異変は、この後に現れる存在に比べれば、実に可愛いものであった。
ビデオゲームの椅子に腰を下ろしたギルスは、お金の投入口を探している。
少年のように熱心な彼は、背後から近づいてくる何かに気づいていないようであった。
それは人の姿を残した腐敗しきった怪物、ゾンビである。
生前は大柄な男性だったようで、筋肉もそれなりに残っているが、少しずつ虫に食われていた。
脳みそまで腐敗しきった男には、ゲーム機に夢中で背中を向けているギルスは、たいそうなご馳走に思えただろう。
すぐに叫びを上げながら、その首筋に噛みつこうとした。
「ダメだ、やっぱりない。これはおかしい」
だが、覆い被さろうとした瞬間に、殺気まみれのゾンビは宙を舞う。
気がつけば頭から反対側の壁に激突させられ、二度と動くことはなかった。
(ゾンビも懐かしいな)
ゲームセンターを出た彼は、そのまま通りを抜けていき、一番奥にある地下階段を見つけた。
(ああ、そうか。ここはやはりダンジョンなのか)
嫌でも分かる微かな瘴気。ダンジョン特有の空気を感じている。
しかし彼からすれば、怖くないし惹かれるものもない。
何よりこの世界でよくしてもらっている、ユリカから止められている。帰ったほうがいいだろう。
(ドローンも間違える時はあるか。ん?)
ふとスマホを見ると、アオハからのLINが届いていた。
:こんにちは!
可愛いスタンプと一緒に挨拶してくるが、どう返したらいいものか。ギルスは悩んだ。
:こんにちは。なあ、ドローンがちょとおかしいんだ
すると、返事はすぐにくる。ギルスはチャットを打つのがかなり遅いが、アオハはひたすらに早い。
:おかしいって? 何かあったんですか
:すーぱーを見つけたはずだけど、ダンジョンについた
一文字打つのも苦戦している彼は、送信ボタンをタップしてようやく一息つく。
すると今度はLINの通話が鳴った。通話ボタンをタップしてみると、明るく活発な声が耳に響いた。
『もしもし。あはは、いきなりすみません』
「どうした?」
『今ガチでダンジョンにいるんですか!』
「ああ。地下一階だ。スーパーの中だと思ったら、ダンジョンになっていた」
これだけで、世の流行りに敏感な少女はピンときた。
『あ! そのダンジョン知ってますっ。ねえギルスさん、せっかくだし潜っちゃいませんか』
「まだ潜るわけにはいかない。というか、このドローンはやっぱり故障してるんじゃないか」
ギルスからすれば、故障疑惑のあるドローンの直し方を知りたかっただけなのだ。
しかし、アオハはこのチャンスを逃したくない。
『ええー。絶対楽しいのに』
「いいんだ。ところで——」
彼がドローンのことをもう一度聞こうとした時だった。
背後からやってきた者が、威勢よく声をかけてきたのである。
◇
ギルスがダンジョンの階段を見つける、少しだけ前のこと。
海老沢タダオは、自宅のベッドに蹲りながら、ひたすら呻いていた。
「ちっくしょ……飲み過ぎた」
彼は昨日仲間を連れて、派手にバーで飲み明かしていたのだ。
尋常ではない数のボトルを開け、後先考えずに飲みまくり、近くにいた女に絡みまくった。
タダオの酒癖が悪いことは、すでに有名になりつつある。
それでも、人気配信者としての地位があるうちは、みんな彼のご機嫌を取っていた。
朝帰りした後、酷い二日酔いに襲われていた。そんな彼のスマホが何度も着信音を鳴らしてくる。
「うるせえな。誰だ!」
八つ当たりする気しかない乱暴な手が、通話のボタンを押した。電話をしてきたのは黒道である。
『もしもし! やべえよたっちゃん!』
「あ? 何がやべえんだよ。人が二日酔いで苦しい時に、電話なんかしてくんじゃねえ!」
『わ、悪い。でも、これは伝えなきゃマジで後悔するって思ってよ』
「俺の人生に後悔はねえ。いいからさっさと用件を言えや」
『ギルスの奴、ついさっきダンジョンに潜りやがったんだ』
「はああ? そんなくだらねえことでこの俺に……は?」
吐き気と頭痛が急に止まったようだった。考えてもいない、突然の機会が巡ってきたのである。
『ギルスの奴がダンジョンに潜ってんだよ。目撃者がいる』
「な……馬鹿野郎! なんでもっと早く言わねえんだよ。この役立たずが!」
『いや、だから——』
「全員今すぐ集まるように声をかけろ! 今日でアイツと俺の格の違いってやつを見せてやる。急げ!」
黒道からの返答を待たずして、タダオは電話を切った。
そしてすぐさまダンジョン用の服に着替え、武器を携帯し、目をギラつかせながら部屋を飛び出した。
自分を負かそうと必死で追いかけている者がいるなど、この時ギルスは知る由もなかった。
だが知っていたとしても、気に留めなかっただろう。
そのくらい、彼にとってタダオという男は印象が薄かったのである。




