相手にしない
「本番いきまーす! 五……四……三……二……」
アシスタントディレクターのカウントが終わり、百木リリはテレビ向けの笑顔で番組の進行を開始した。
「さあ、今日も始まりました。月に一度の大ニュース祭り。タダオチャンネル最新ニューーーーース!」
スタジオに集まったダンジョン界隈のインフルエンサー達が、彼女の声と共に大声で騒ぎ出す。
「ウェーイ!」
「始まったぜえええええ!」
「タダオさん、今日もよろしくっす!」
十個ほど用意された丸椅子に腰掛ける面々は、いずれもタダオの息がかかっており、彼を持ち上げることにかけては配信界随一である。
こうして月に一度数字が取れるメンバーを集めては、自分達の活動を宣伝し、かつチャンネル登録者の増加やグッズ販売を狙っていた。
タダオの右隣には百木リリがおり、左隣には江古田エイリーンがいる。両手に華という図であり、彼のこだわりの一つ。
「あー、ごめん! いつものコーナーの前にさ。ちょっとだけいいかな」
「え? どうしたのー?」
画面の前で好青年を演じるタダオと、わざとらしく首をかしげるエイリーン。周囲の取り巻きは一瞬固まっていた。
「俺、どうしても言いたいことがあるんだよね。最近のダンジョン探索界隈はさぁ、なんかおかしいよ」
「おかしい、というと?」
リリが続きを促している。
「実力もないのに、話題性だけで人気を得ちゃってる奴がいっぱいいる。俺は地道に頑張ってきて、そういう風潮が強くなってるのが納得いかないんだよね」
「分かる。俺もそう思う時あるわー」
すかさず黒道マサが同意した。
どの口がそれを言うのか、という反論が喉まで上がっていた者が数名いたが、必死に抑えている。
他ならぬタダオこそが、話題性と周囲の力で成り上がってきたようなものであった。
「でもさ……今回。俺が原因になっちゃったヤバイことがある。ほら、あいつのこと」
「え? 誰ー?」
本当にわからない、と言う様子でエイリーンが訪ねてくる。
「お前と一緒に召喚された、ギルスとかいう奴だよ。あいつ、マジで最近調子に乗ってるじゃん」
「ギルスって、あー! 知ってる知ってる。超話題になってるよね、あの人」
他のメンバー達も、誰もが驚いた顔をしている。
実はこの時、エイリーン以外のスタジオメンバーは皆、まさか冒頭からギルスの件について、ここまで敵意剥き出しで語り出すとは思っていなかった。
番組開始前にあった宣戦布告という言葉を、どこか軽く捉えていたのである。
「アイツが活躍してる動画とか、全部合成だから。俺には分かってんの。ダンコレとか前もやらせくさいことしてたじゃん。そういうの一番良くない」
「前もありましたっけー」
リリは自分は分からないという様子で苦笑いをした。この配信はきっと炎上する。自分に火の粉がかかることを恐れていた。
「あったんだよ! 今回はあのギルスとかっていう奴を使って、バズろうとしてるに違いないんだ。アイツらのメッキを、俺はすぐにでも剥がしてやることが、ダンジョン探索界に必要だと思う。みんなのために、俺はあいつらと戦うつもりだ」
この発言はやり過ぎた、とタダオの後ろに座っていたインフルエンサー達は直感で分かっていた。
そのせいか、自然と彼らの顔は引きつっている。タダオは気づいておらず、エイリーンは楽しそうに笑っていた。
「戦うってどうするの? 決闘はダメだよー捕まっちゃうから」
「違うって。真っ当に競うんだよ。ギルスがダンジョンに潜る時、俺たちも同じところに潜ってやるのさ。そして、奴よりもずっと奥深くに到達して、本物と偽物の違いを分からせてやる。探索者みんなの為に」
リリは進行する立場にあったが、ただ苦笑いするしかできない。
黒道は相変わらずタダオを持ち上げる発言を繰り返しており、当初の番組進行スケジュールより大幅に遅れがでていた。
そういった事情を、エイリーンは一切加味することなく、火に油を振りかける。
「すご! やっぱタダオっち天才。でもでもー。いつギルス君がダンジョンに潜るかなんて分かんないでしょー」
「だからギルスと、ダンコレの奴らに話をつけるのさ。いつ俺と勝負するのか。逃げるなよってな。なあギルス、お前この配信観てるよな。化けの皮が剥がれることを恐れて、生まれたての子鹿みたいに震えてやがんだろ。俺は今日だってやってやるぜ。次にお前が潜る時がいつか、DMでもなんでもいいから教えろや!」
この発言に、エイリーンは盛大な拍手を送った。
「かっこいいー! 本当にやっちゃうの?」
「ああ、男に二言はねえ!」
この生放送は、配信されてからすぐに拡散され、瞬く間に大きな話題を呼ぶことになった。
◇
:昨日のニュース見ました?? ギルスさん、ダン鳩しちゃう感じですか!
目が覚めて朝食まで終えたギルスは、アオハからのLINチャットを開いた。
(ダン……鳩?)
彼女だけではない。ダンコレのリーダー影山からもチャットが届いている。
開いてみると、そちらでもダンバトを挑まれているという内容だった。
:朝ニュースはみたが、なにかあたのか。ダン鳩て? 新しゅのはと?
(俺がいない間に、新しい鳩でも現れたか。いや、そうだとしても意味不明だな)
ダン鳩とは、ダンジョンバトルのネットスラングであり、ギルスは知る由もなかった。
ダンバトについてはアオハも返信で説明してくれたが、影山のチャットがギルスには分かりやすい。
:ダンバトっていうのは、探索者チーム同士で、どちらがより深くまで潜れるかを競うバトルのことです
:タダオの奴、俺たちが襲われたのをフェイクだなんて、失礼極まりないことを言っていて、メンバーも怒り心頭ですよ
:ギルスさん、ダンバトするなら相談してください。俺たちでよければ、いつでも力になります
ギルスはスマホを読みながら感心していた。
(俺が昔潜っていた時にはなかったな。……ん? そうだ、俺はダンジョンに潜っていた!)
ふと思い出した記憶。うっすらとだが、薄暗い洞窟の中を誰かと歩いていたような。
少しずつだが、記憶のピースは集まってきている。それも、特にダンジョンに関わることがある時に。
しかし、彼はユリカとの約束を守らなくてはならない。
:ありがとうございますたいへんありがたいです。半年後にもぐるつもりなので、その時もあるならならおねがいします
ギルスにとって半年などすぐという感覚だが、世間では半年はずっと先のことであった。
だからダンコレのリーダーはチャットを見て苦笑したが、誠実に返信をして今日のところはやり取りを終えた。
続いてアオハともチャットをしている。彼女は学校の休憩時間に返事をしてくれていた。
LINの交流がひと段落した後、続いてユリカから電話が来た。
『ギルスさん……なんだかとっても話題になっているようですけれど』
「えーと。ああ、タダオのことですか」
『はい。お分かりかとは思いますが、くれぐれも誘いに乗らないようにしてください。ダンバトって本当に危険なんです』
「分かりました」
ギルスの聞き分けが良いので、担当職員である彼女はホッと胸を撫で下ろした。
先日の雑談配信のこともあり、心配をかけていることに後ろめたさがある。そのため、ギルスは彼女に対しては、重ねてお礼を伝えていた。
『とんでもないです! お役に立てているなら、私も嬉しいですから。では、明日またお会いいたしましょう』
電話を切った後、そういえば今日は買い出しに行っていないことに気づいた。
ギルスはここで、先日アオハからもらったドローンを起動させる。
ドローンの横には液晶画面があり、なんと周囲のスーパーなどの位置を確認できるマップを表示することが可能だった。
使い方はある程度、プレゼントしてくれた機械に詳しい学生から聞いている。
そのおかげで、彼は少しずつだがドローンが分かってきた。
(要するに喧嘩を売られたのか。相手にする必要はない。それより……)
ドアに鍵をかけた後、チラリと空を見上げる。
以前見かけた白い風船と、それを手にしている熊が、また空に浮かんでいた。
しかも、以前より高度が下がっているようで、熊はこちらに向けて手を振っているような仕草を見せた。
(……まさかな)
ギルスは少しのあいだ摩訶不思議な現象を見つめていたが、やがて何事もなかったかように買い出しに出かけた。




