焦りだした男
「……ギルスさんを、帰還者要警戒指定五に定めるですって……?」
ダンジョン庁の小さな会議室で、二十名足らずのメンバーが集まり話し合いが行われていた。
その中で、同僚が発した言葉にユリカは唖然としてしまう。
提案をしたのは、これまで彼女と一緒にギルスの保護や支援、車の運転などをこなしていた男、春巻である。
「そうです。彼はあまりにも異常な強さを持っている。あのような人物が街中で暴れ出したら、自衛隊やトップクラスの探索者といった、限られた人達でしか止めることはできないでしょう」
「ただ強いというだけで、指定五にするなんて乱暴すぎます!」
ユリカは椅子から立ち上がり、毅然とした態度で否定した。
帰還者要警戒指定とは、帰還者の保護ではなく、監視や警戒を目的として定められたものである。
帰還者は誰もが善良というわけではなく、異能の力を身につけた者が、世界中で犯罪に走ってしまう前例が発生していることは確かであった。
日本は後発ではあったが、世界全体が帰還者についての警戒を深めていることを鑑み、新たに法律として制定していったという経緯がある。
帰還者がもし国家や国民に対し、危害を加える恐れがあると判断された場合、警戒指定の段階に応じて活動に制限を設けることが可能となる。
警戒される理由としては、現在のところ下記に定められていた。
・国家、国民に対しての反社会的な思想、活動が見られること
・暴力的な行為が行われていること
・精神に異常が見られること
・薬物などの摂取があり、幻覚、幻聴などが生じていること
・その他、危険性が高いと思われる行動が見られること
警戒指定については定められてからまだ五年しか経っておらず、基準が大まか過ぎるという批判の声もある。
反対に、帰還者の保護が妨げられ、排除に向かっていると反対する声もあった。
ユリカはこの警戒指定というものについて、特に反対派だ。
その理由は、警戒指定が帰還者の行動や自立を阻害し、結果的に悲惨な結末を迎えてきた例を知っているからである。
警戒指定は一から順番に帰還者の活動制限を上げていく。
五に指定された者は一定期間施設で隔離され、完全に危害を加える心配がないと判断されるまで閉じ込められたままとなる。
春巻とユリカは、他の職員が見ている前であるにも関わらず、真っ向からぶつかり合った。
他に決めなくてはならない議題も多く、なるはやで会議を進めなくてはならなかったが、この一件について二人は全く引こうとする気配がない。
この事態にたまりかねたのは、二人よりもずっと立場が上の部長である。
「いい加減にしないか、二人とも。まるで子供の喧嘩だぞ」
「申し訳ございません。ですが、」
「ユリカ君。君はギルスという帰還者に対して、少々感情移入しているようだね。私情が入った判断というのは、往々にして過ちを犯す」
彼の言葉に、ユリカはハッとしていた。確かに自分はいつの間にか、ギルスに思い入れを持ってしまったのかもしれない。
事実、彼女は特にギルスのことを気にかけている。
「ただ、私は今回の件については、さすがにいきなり警戒指定五を申請するのはやりすぎだと考える。超常の力を持った帰還者は、これまで数多く現れてきた。彼らに対して、ただ力があるからといって生活上の制限をかけた前例はない。前例がないことは、容易にすることは許されない」
部長の発言に、ユリカは幾分ホッとしていた。だが反対に、発案者の男は苛立ってしまう。
「前例がないからと言って、見過ごすのは危険です。事実彼は、巨人や象の魔物といった怪物を、たった一人で皆殺しにしたのです」
「見過ごしてはいないさ。あの力はとんでもない。だがユリカ君の調査書によれば、人命救助のために行ったということだ。力を振るった相手は魔物。この条件であれば、警戒指定には至らない」
男は悔しさに歯噛みしているようだった。ユリカは今後、ギルスのことで彼を連れて行くことはできないと心の中で考えていた。
「しかし、注意して見ていく必要はあるだろう。ユリカ君、引き続きギルスさんのことをよろしく頼む。何かあれば、すぐに上長に報告するように」
「承知いたしました」
ユリカが深々と頭を下げたことで、この議題は終了した。
しかし決めなくてはならない事項は山のようになり、会議はこの後さらに騒がしく、熱くなってゆく。
(きっと大丈夫。ギルスさんは大人しくしてくれるし、このまま五年経てば……)
現在制定されている帰還者保護法令で、帰還者は五年経過し、問題なく生活ができている場合には、監視と保護が完全に解除されると明記されている。
つまり、五年もすれば帰還者と他の国民との違いはなくなる。
ただ、帰還者警戒指定に該当してしまった場合は、この限りではなく、監視期間が延長されることもあった。
ユリカにしてみれば、早く安心して暮らせる状態になってほしいのである。
彼女のお人好しな一面は、幼い頃から持ち合わせていたものだ。
だが、その性質が強くなったのは、間違いなく父の失踪が起因している。
とにかく、最悪の事態は防ぐことができた。
安心していた彼女は、ギルスに定期的な電話確認をすることにした。
これも彼女だけが帰還者にしていることで、過保護と呼ばれる所以である。
電話に出た帰還者は、ただ淡々と質問に答えるものと思われた。
しかしこの日は違う。
『変わったことですか。そういえばですが、この前知り合った人に教えられて、Utubeのアカウントを作りました。昨日の夜に、雑談配信というものをしてみたんです。とても面白かったですね』
「え? 雑談……配信ですか?」
嫌な予感がする。ユリカにとって一番の心配の種は、ギルスであることは間違いない。
◇
「最近、俺のチャンネルの視聴回数が落ちてる。投げ銭も減ってる。これ、なんでか分かる?」
有名配信者がよく利用することで有名なスタジオで、海老沢タダオは貧乏ゆすりをしながら周囲を睨みつけていた。
これから月に一度行われている、タダオ達の最新ニュースを告知する配信が始まる。
本来ならば明るく気分を高めておくべきところだが、彼は周囲への配慮に欠けていた。
あくまで自分の機嫌を第一に考えている。
彼の大親友を公言する黒道マサは、ヘラヘラとした笑いでその場を誤魔化そうとした。
「いやー、なんていうか。波ってやつじゃん。どんな大物だって、そういう時くらいあるっしょ」
「波とかかんけーねーよ。ふざけてんのか」
「わ、悪い」
「リリ、お前はどう思う?」
今度は百木リリに矛先が向く。
「今までのタダオ君の……あーいや、私達のチャンネルなら、再生数百万から二百万は普通に回ってたよね。でも、ここ最近は十万ちょっとが平均ってところ? まあ、マンネリしてるかもしれないし、ここは一つ新しいことを始めたほうがいいかもね」
「だからその新しいアイデアを聞いてんだろ。話聞いてたか」
「あ、そっかー」
徐々にチームの雰囲気が険悪になってきた。
これは現在の探索者チームを結成した一年前から、時折あったことである。
それが原因となり、三ヶ月おきほどでメンバーが抜け、新たに入ってを繰り返していた。
ファンの間で不仲説などが飛び交っていたが、これまでは無視していればネットの海に消えていた。
だが、ここ最近のチャンネルの不調により、よくない噂は滞留し続けている。
「エイリーン、お前はなんかねえのか」
「ん? 私? 入ったばっかりだし、そういうのは分かんないかなー。タダオっちはなんでだと思う?」
黒道と百木の背筋に冷たいものが走る。
タダオは自分でものを考えることをしない。大抵は人任せであり、何かを求められることを極端に嫌う。
しかし、それでも幼少から学生時代、今までやってこれたのである。
親がIT業界の大物であるが為に、これまでは手厚い支援を受けていたのだが、そうもいかなくなってきた現実がある。
事実彼は、親や親戚から煙たがられつつあった。
「俺に聞くんじゃねえよ」
「えー、リーダーなのに。自分の考えとかないの?」
「なんだと、てめえ!」
「まあまあ、落ち着けって。もうすぐ収録始まるから」
黒道が慌てて立ち上がり、喧嘩が始まりそうになった二人を止める。
エイリーンはチラリと黒道を見て笑った後、その笑みをタダオにも向けた。
「でも、そうやって熱くなるところが、タダオっちの良いところだよね。私、本当にこのチームに来て良かったなって思うの。ところで、今すっごくいいこと思いついちゃった」
「なんだよ、いいことって」
「聞きたい。ね、耳貸して」
なぜかエイリーンは、タダオにだけ小声でアイデアを伝えてきた。
「は? 何を……いや、待てよ」
そろそろ収録が始まる。苛立ちまみれであったタダオは、なぜかこの時不適な笑みを浮かべた。
「面白い。あのすり抜け野郎に宣戦布告してやるぜ」




