憧れ
「へえ、ドローンっていうのか」
ヘリコプターを小さくしたような物に、ギルスは強い関心を持った。
少年の心をくすぐられたような気分だ。
「懐かしい感じがする。ラジコンみたいだ」
「これ、とっても便利なんですよ」
「あ、あのー。アオハさん。お礼にしては、とても高価といいますか」
楽しそうなギルスとは対照的に、ユリカは嫌な予感でいっぱいになっている。
事実、いきなりこんなプレゼントなど非常識である。
それはアオハ自身も分かっているようで、いつもより落ち着きがない。苦笑いして髪をいじっている。
「えへへ! 実はなんですけど……ギルスさんもダンジョン探索するんですよね? その時は絶対に配信機材が必要になります。だからあたしのを上げて、その分……なんていうか、一緒に盛り上がれないかなーって」
「一緒に?」
撮影用ドローンをプレゼントされた本人は、言われた意味が分かっていない。ユリカもそれは同じであった。
「あ、えっと! その。実はよかったら、一緒に配信とかできたらいいなーとか、そういう感じです。あ、そうそう! 実はそのドローン、私のSNSアカウントとリンクしてるんです。何か困ったことがあれば、いつでも力になりますから」
「え、え? リンクしてるって? どう——」
「じゃ! 今日はこの辺で。ギルスさん、ドローンのスイッチ入れてみてくださいね!」
ユリカの質問から逃げるように、アオハは駆け出していなくなった。
本人はただぼうっとするばかりではあったが、なんとなくこのプレゼントを気に入っている。
(つまりカメラが搭載されてるってことだろうか。なら半年後に、一度くらいはこのドローンでダンジョンに潜ってみるか)
浦島太郎状態のギルスは、実は説明されたことを半分も理解できていない。
だが、彼女に悪意や邪気がないことは分かる。
「もう! 困りましたねー。帰還したばかりの人に、みんなで群がっちゃって。嫌じゃなかったですか」
「嫌じゃないです。楽しかったですね」
「まあ……それなら良いのですけれど。じゃあ、今後のスケジュールについて説明して、今日は終わりにしましょう」
どうやらまだ、自分は保護対象ということらしい。ギルスは苦笑していた。
一方、ドローンを渡して走り去ったアオハは、駅までやってきてようやく一息ついた。
(やった! これでギルスさんが配信を始めたら、絶対見逃しなしでいける。バイト代がめっちゃ消えたけど、全然アリだよね)
気がつけば上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。
彼は帰還したばかりで、まだ現代の機器に慣れていない。ネットで正体を調べた後、ダンジョン庁のホームページで漁った時、そう確信していた。
実は、さっきのドローンの中には一枚の紙を入れてある。チャットツールLINのIDだ。
(ギルスさん、気づいてくれるかなー。……って、ちょっと待って。LINは流石にやってるよね?)
ふと、自分の計画が中途半端だったことに気づき、彼女は慌て出した。電車に入ってからも落ち着かず、LINを起動させてみる。
流石に別れたばかりなので、連絡などこないはずの時間だが、何だかそわそわしてしまう。
(あーもう、失敗! でも、多分ユリカさんが教えてくれてるかも? あ、そうだ。ダンコレのみんなと交換してなかった?)
そういえば、ギルスは探索者ギルドで連絡先の交換をしていた。であれば、すでにやり方は分かっているはずだ。
アオハはギルスのことを知りたくてしょうがなかった。
そして電車が動き出し、駅を四つほど過ぎたところで、LINの画面に通知マークが浮かぶ。
(きた! あ、ギルスって書いてある。やった!)
どうやら、自分の連絡先を登録してくれたらしい。彼女は早速メッセージを送ることにした。
(部活のみんなに言ったらビックリするかな。楽しみすぎるぅー)
彼女は学校では新聞部に入っており、ちょっとしたニュースを見つけては、新聞にすることが好きだ。
新聞ネタにはできなくても、面白いことを話し合うだけで楽しい。
きっとギルスのことを知れば、みんな面白がるし、カッコいいと思うはずだ。彼女は本気でそう思っていた。
アオハは自分でも不思議なほど、ダンジョン探索者に憧れている。
これまでの人生で、何かに夢中になれることがなかった彼女にとって、大きな変化であった。
(ギルスさん、ガチでカッコ良かった。一緒にダンジョンとか行ってみたい)
彼女にとって探索者はカッコいい大人であり、命を救ってくれたギルスに至っては、ヒーローさながらであった。
さらに探索はまったくの素人であるにも関わらず、アオハはギルスとダンジョンに潜る姿を想像し、一人でニコニコ笑っていしまう。
その後は学校でできた友達に誘われ、遊びに行くとこになったのだが、そこでも笑顔を突っ込まれる。なぜか幸せな気分になっていた。
かつての魔王には、多くの人々を惹きつける不思議な魅力がある。
地球に戻ってからも、自覚なく周りに人が集まってきている。
こうして彼は、いざとなれば仲間を募ることができるギルドと、配信をするためのドローンと、それを使いこなすための協力者を得た。
しかし、そういった連中をユリカは快く思っていない。
彼女にとって、ダンジョン探索に今の段階で入っていくことは、危険であると考えているから。
それぞれの思惑が動き出し、彼の新しい日常は騒がしくなっていく。平穏という道は、実はあまりにも遠い。
◇
:絶対、絶対雑談配信した方がいいですよ!
朝、スマホに触ってみたら、画面の上に奇妙なメッセージが表示されていた。
「何だこれは」
ダンジョン庁やチャンピオンズに行った次の日。ギルスは朝からスマートフォンに困惑していた。
昨日の夜、ドローンに入っていた紙に従い、LINで検索した相手とフレンドになったのだが、相手はアオハであった。
それから初めてチャットのやり取りをしてみたが、これがとにかく難しい。
思いどおりにいかない入力にイライラしてしまう。
ただの数行を打ち込むだけで、十分もかかってしまったほどだ。でも、慣れてくると確かに便利な気がした。
(まさか、スマホの上にも出てくるなんて)
そう思い、メッセージをタップしてみると、すぐにチャット画面に移行した。
こうして遠くにいる人と手紙のようなやり取りができること自体、衝撃という他ない。
しかも、チャット画面ではアオハが時々、奇妙な絵を送ってくる。それはスタンプと呼ばれているらしい。
自分も送ってみたいのだが、どうやっていいのか分からずにいた。
:ざつだんはいしんって、どうやるんだ?
とにかく返事をしてみる。すると、一時間ほどしてから返事が来た。彼女は今学校で、休憩時間を過ごしていた。
:今度教えてあげます! その代わり、あたしともコラボしてくださいね!
:こらぼ?
コラボとはなんだろう。またしても謎が増えた。
:え? コラボ知らないんですか
:しらぬ
:ガチですか!? コラボ配信っていうやつで、配信者同士が集まって、一緒に盛り上がるって感じ
:そなのか
(分からん……)
ちょっとずつ慣れてはきたが、現代人に追いつくにはまだまだ時間が要る。
失われた時間はあまりにも長く、順応するのは簡単ではない。
(昔は電話と手紙くらいだったのに。……そういえば、電話……)
ふと思い出した。母親はたしか、電話をするのが好きな人だったはずだ。
父が母の長電話に文句を言いつつも、結局は好きにさせていたはず。
:早くUtubeのアカウント作っちゃいましょ。ってか良かったら、あたしが招待しましょうか
:しょうたいとかあるのか。どこにいけばいいんだ?
:招待はここでやれます! はい http://※※※
:それは?
:タップしちゃってください
ギルスは言われるままに、URLをタップしてみた。
すると、友達から招待されたというメッセージと共に、Utubeの登録画面が現れる。
彼はどうして良いか分からず、とにかくやり方をアオハに聞いてみた。
すると、彼女は要領よく教えてくれたので、とうとうUtubeチャンネルを作ることができた。
(よく分からないが、面白そうだな)
なんだかんだ意味が分からないまま、彼は夜になって雑談配信をすることになる。




