第7話 一緒にお風呂入る?
「……そんな風に見える?」
「うん」
「えぇ〜。マジか。多分、ここ快適だからかなぁ」
ルカは、こめかみをぽりぽりとかく。そのままソファーにゴロリと横になった。まるで気ままな猫のようだ。
「誰もわたしを怒る人がいないし。縛る人もいないから……自由だもん」
「でも、外に出られないよ?」
「今はね。そのうち、出られるでしょ」
楽観的だ。
ルカはまぶたをゆっくりと閉じて、満腹感に身を委ねていた。
「それに、話し相手もできたしね」
「私のこと?」
「うん。凪沙のこと」
ぱっちり目を開けて、じっと私を見つめる。魅惑的な瞳を向けられると、つい身がすくんでしまう。
不自然さがないように、時間をかけて目を逸らす。
「——ってか、私の方が年上なのに呼び捨てなの?」
「いいじゃん。駄目?」
「駄目じゃないけど……」
「じゃあ、いいじゃんっ」
ルカはにっこり笑っている。
まぁ。いいか。
そんな私も特別呼び捨てにこだわっているわけではなかった。
つい聞いてしまったのは、きっと学校のことが影響している。
バドミントン部では、後輩が先輩にタメ口を聞こうものなら空気が凍って、即、正される。狭い箱の中では、秩序を保つことが何よりも重要なのだ。
私とルカは初対面だ。まだ形容する言葉で関係を言い表すことができない。
もしかしたら、すぐにお別れすることになるかもしれない。そんな淡い予感がした。
ルカの姿を焼き付けるように、じっと見つめた。
「ベタベタする」
食事を終えた私は、今着ている服の肌触りが気になった。ブラウスは汗を吸って重たくて、スカートはシワが寄ってぐしゃぐしゃだ。今すぐ着替えたかった。
「そこのクローゼット開けてみなよ。いろいろ入ってるから」
詳しいなぁと思いつつ、ルカに言われた通りにしてみる。
クローゼットを開けて、真っ先に目についたのは、赤いドレスだった。まるでダンスパーティーにお呼ばれした時に着るような主役級の一張羅。
「わぁ……」
思わず手に取って、目の前で広げてみる。
「それ着たい?」
ルカが低く、意地悪な声を向けてくる。ハッとした私は、元あった場所に急いで戻した。
「ただ見てただけ!」
クローゼットの奥にあった、プラスチックチェストを開けてみる。
中には、まさにルカが今着ているようなジャージが入っていた。下の段も開けてみると、タグがついたままの新品の下着も置いてあった。
なんだかホッとした私は、急にお風呂に入りたくなった。幸か不幸か、下着は私のサイズに合っていた。このゴワゴワとしたブラウスで、一夜を明かすことはしたくなかった。
「一緒にお風呂入る?」
背後から声をかけられた。くるりと振り向くと、ルカがすぐ側に立っていた。何を言っているんだろう。
「何それ。面白くない冗談」
「……わたしも昨日からお風呂に入ってないの。この部屋にいつ誰が来るかわからなかったし。それに、一人で裸になるのが怖かったから」
もっともな理由のように思えた。
「……そうだったんだ。その服はどうしたの?」
「着替えた。さっき凪沙が手にしていたドレスからね」
ルカはきっとお金持ちのお嬢様だ。こんなフリフリな豪華なドレスを日常的に着られるなんて、やっぱり住む世界が違う。ハンガーにかけられた赤いドレスは、主人が袖を通すのを、今か今かと待ち構えているように思えた。
「ふぅん。ルカは舞踏会にでも行ってたの?」
「えっ?」
「こういうドレスって、そういう場所で着るイメージがあったから」
「まぁ。そんなところ。——で、気を抜いていたら、布みたいなものが口に当てられて、ここに連れ去られたの」
「私と同じ……」
「それ詳しく教えて」
空気が変わるのがわかった。お互いに目を逸らさない。
自然とソファーに向かい合って座る形になった。
ここに連れてこられるまで、順にあったことを私は覚えている限り、丁寧に話した。ルカは相槌を打ってくれるけど、「ふーん」とか「そう」とか、どこか興味がなさそうに見えた。結構、大事なことを話していると思うのにやけに他人事だ。
「ねぇ。今度はルカが話してよ」
つい硬い言い方になってしまう。彼女を動揺させたかったのかもしれない。
「そうね」
諦めたようにルカは口を開いた。
「わたしは……多分、一昨日かしら? 婚約者が開催する舞踏会に参加していたんだけど——」
婚約者!?
目を丸くしてしまう。
やっぱり良いところの家って、いまだにそういうしきたりがあるのだろうか。
ルカは16歳と言っていた。もう既にパートナーがいるという事実が眩しかった。
驚きのあまり、話を少し聞き逃してしまった。
「——で、プラムなんかをつまんでは、早く終われって心の中で悪態をついていたわ。次々に、わたしに挨拶に来る人がいて、気が休まらなかったもの」
私は急いで相槌を打つ。
「だから、内緒で外に出ることにしたの。中庭の隅っこの方にいれば、誰にも話しかけられずに時間を潰せると思ったから。我ながら良いアイデアだと思ったけど、結局こんな風になっちゃったんだから、ふふっ。おかしいわよね」
ルカは共感を求めるように、私に笑ってみせる。悪いけど、ジョークとして受け入れることはできなかった。
「婚約者の近くにいれば良かったのに」
お金持ち同士の結びつきだ。きっと容姿端麗の紳士的な彼が、ルカを守ってくれたはずだ。一人で面白くなさそうに舞踏会にいる理由はなんだろう。
ルカだったら、私のように唯ちゃんにマウントを取られることもないんだろうな。
婚約者——恋人がいるのって、どんな感じだろう。
軽い気持ちで言ったことだった。
「はぁ? 何も知らないくせに! 変なこと言わないで!!」
ルカの地雷を踏んだ。キッと鋭い目を向けられた。
てっきり惚気のようなことを言い返してくると思ったから、不意を突かれて何も反応ができなかった。
「——ごめん」
それでも、気持ちが追いついた。情けなく、声は少し震えていた。
「……」
ルカは何も言わなかった。気まずい雰囲気だけが部屋中を漂う。
私はプリーツスカートの線をじっと見ていた。土や砂が付いていて、一刻も早く脱いでしまいたい。
「——別にいいわ。早く一緒にお風呂入りましょ」
肩の力が抜けた。こんな変な空気になっても、彼女は先ほどの発言を撤回しようとしない。




