第53話 誓い
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<織川凪沙side>
しんとした森の中を歩いていると、やっぱり一度、通ったことがあると、私の直感がささやいていた。
——ルカと再会してから数ヶ月。女優仲間となった私達は、過去を取り戻すかのように、ゆっくりと交流を重ねていった。だけど、まだどこか遠慮があるのか、"あのホテルでのような流暢さ"はない。
ご飯に行こうと連絡するのも緊張した。——まるで中学生のような恋愛だ。お酒を飲むこともせず、昼間で解散するのも健全すぎる交流の深め方だ。
——そんな中、ルカから突然連絡があった。
『ホテルがあったところに一緒に行かない?』
と来たもんだ。
最初見た時は戸惑った。どういう意図があるんだろうと頭を抱えた。
だけど、断る理由は私にはなかった。
その約束は、たまたま二人の休みがあった日に決行することにした。
森の中はマイナスイオンが澄んでいて、爽やかな小鳥の声が聞こえてくるほどだった。ルカの今日の格好は、上品な青色のワンピースに黒色の厚手パーカーを羽織っていた。足元はしっかり歩けるようにとスニーカーだ。
「——そういえば、あけぼのの恋のリメイク版のラストどうだった?」
彼女が世間話をするみたいに言った。
「見た見た! 壱子と東雲丸、結ばれてたね〜! やっぱりハッピーエンドじゃなくちゃね」
「——ほんとうね」
前作は心中エンドだったけど、リメイク版で、二人は結婚していた。壱子が逆プロポーズをして、東雲丸が受け入れる大団円エンド。世間的にも好評で、実は映画版も検討されているらしいとか。
こんな風に、他愛もない話を交わしながら、歩き続けていた。時折、無言になる場面もあるけど、不思議と気まずさはない。むしろ心地よいと感じるほどだ。
草を踏み締める音が、辺りに響く。カラスのような鳴き声が聞こえてきたら、ルカがビクッと肩を震わせた。キョロキョロと辺りを見回すあどけなさは過去の姿を思い起こさせた。
「——ここかしら?」
ふと、ルカが足を止めた。辺りには木が一本もなく、妙に開けているのが印象的だった。
確かにそこはホテルがあったと言えるような跡地だ。しかし、確証は持てない。
——でも、少し先にある、やたら大きな木は見覚えがあった。ゴロロがあそこを伝って、窓を目掛けて飛び跳ねてきたのを鮮明に覚えている。
「——そうかも」
「ねっ」
「……」
「……」
二人して、ただじっとしていた。ルカは今、何を思っているのだろう。少し心細くなる。
ふと彼女に一歩近づこうとしたら、ギュッと肩を抱かれた。なんだ、ルカも不安だったんだ。
「や、やっホー」
後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには——なんとアイリスがいた。
「「きゃーーーーーー!!!!」」
二人揃って前のめりになる。な、な、なんで!?!?!?
——アイリスはあの頃とちっとも変わっていなかった。ロボットだから当たり前かもしれないけど。
カチューシャにピンクのエプロン姿は、やっぱり妙に懐かしかった。
「織川さんと、えっと、羽本——もう喜多島さんとお呼びしてもよろしいでしょうカ。会いたかったでス」
「ええ。もういいわ」
「かしこまりましタ。織川さん実はですね、彼女に"喜多島渚"と呼ぶなと口止めされていたんでス」
「……そうだったんだ」
アイリスはルカが偽名を使っていたことを知っていたんだ。
そういえば、あの頃、ルカを"羽本さん"と呼んでいるのを、あまり聞いたことがなかった。それは、アイリスなりの反抗の仕方だったのかもしれない。
——名前の問題については、とっくに私たちの間で解決したことだった。
「っていうか、アイリス。どうしてここに!?」
「ワタシですカ? なんだかホテルがなくなってからも忘れられなくて、ずっとずっとここにいましタ」
「……」
——アイリスの話を聞くとこうだった。
大地が逮捕されて、ホテルが壊されることが決まった時、ロミオを含めたロボット達はすべて回収されたようだった。だけど、アイリスは隙を見て、先に一人抜け出したということだ。
初めの頃は、鬼ちゃんについて行き、二人で幸せになることを夢見ていたみたいだ。だけど、彼女がホストクラブにハマる様子を見て、たまらなくなり、何とか説得したけど無理で、心からの絶望を味わったということだった。
「ロボットは、人を幸せにすることができないものなんですかネ」
そういうアイリスの声が切なかった。
鬼ちゃんを失った途端、生きる活力がなくなってしまい、気付いたらホテルがあった跡地に来ていたようだ。ロボットだからご飯を食べなくても良いし、自家発電だからエネルギーの枯渇を心配しなくても良い。
今では、心霊スポットとしてやってくる人がゴミを捨てていくことに嫌気がさして、門番のようなことをしているらしい。集めたゴミは分別して、しっかりゴミに出しているようだった。偉い。
「——織川さんと喜多島さん、ご一緒だったんですネ」
「まあね」
ルカが応えた。
「では、お二人の想いは通じたということですカ?」
「えっと……」
わたしは言い淀んでしまう。アイリス! なんてことを言うんだろう。今、微妙な距離感なのに!
「ワタシはロボットでス。人間の永遠の愛というものに興味がありまス。…………。もしよかったら、また二人の元気な顔を、ここに来て見せてくださイ」
「……」
「もちろんよ!」
躊躇っていたら、ルカから肩を抱かれた。
「それにアイリス。わたしと凪沙。一緒のドラマに出たのよ。すごくない? タイトルは『君とワタシのストーリー』ってやつ! チェックして! そっちこそ、わたし達の活躍をずっとず〜っと見届けなさいよねっ!」
「……かしこまりましタ」
アイリスは穏やかな顔をして頷いた。森の静けさに包まれているせいか、より一層、神秘的な存在に思えた。
「——ところでアイリスってテレビって見れる環境にいるの?」
ルカが良い質問をする。
「ワタシ自身ロボットなので、映像は目のところに表示されるので見れまス。今も11時のニュースを見ていまス」
「そ、そうなんだ」
思っても見なかった答えに苦笑してしまう。アイリスがゆっくりとまばたきをする。
「——真里さんがいつの日か言っていた、織川さんと喜多島さんが"四角い箱"に出る夢が叶いましたネ」
「アイリス……」
「すいませン。ワタシも聞いちゃっていましタ」
アイリスは、舌みたいなものをぺろっと出して笑う。
そうだ。鬼ちゃんと二人で夢の話をしていた時、部屋にはアイリスもいたんだ。確か、お茶を用意してくれていたと思うんだけど——聞き耳を立てていたんだ!
「きっと、真里さんも、お二人の活躍を見ていてくれていると思いますヨ」
「そうかなぁ」
「はイ。絶対見ていますヨ」
そうだといいなぁ。
鬼ちゃんがテレビの向こうで、少しでも明るい気持ちになってくれたらいいな。——その時は、アイリスのことも思い出してくれるだろうか。彼女のひそかな熱い想いに気づいてほしかった。
「ねぇ。ルカ」
「うん?」
「これからもよろしくね」
「——もちろんよ。こちらこそよろしく」
ルカが右手を差し出してくれる。わたしは迷わず、その手を取った。
アイリスがわたし達を交互に見つめている。彼女が立会人となる、結婚式で誓いを立てているかのような儀式だった。
ルカと出会えて良かった。たとえ運命のいたずらだとしても、わたしは幸せだと思う。
これからの未来が、どんな形をしているのか想像もつかない。だけど、ルカが隣にいてくれるなら、これ以上心強いものはないと思った。
アイリスが祝福をくれるような、あたたかい拍手をする。その顔は、晴れ晴れとしていて、今まで見た中で一番優しさに溢れていた。




