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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第5話 指しゃぶり

 手を洗い終わった私は、心を入れ替え、また元の部屋に戻ることにした。


 ルカは変わらずベッドの上にいた。体育座りのまま、右手を口元に添えて、一人物思いにふけっていた。


 最初、頬杖をついているのかと思った。だけど、違う。彼女は指しゃぶりをしていたのだ。


 親指を口に含んで、眉をひそめている。私は目が離せなかった。大人っぽい彼女の、子どものような姿を見て、切ない気持ちになった。後退りをしたら、無機質な音が鳴った。ルカはバッと顔を上げて、私の顔を見る。すぐに口から親指を引き抜いた。


「ち、ちが……」


 頬が赤い。目が潤んでいる。彼女は羞恥を感じている。


 ——私も子どもの頃、指しゃぶりをする癖があった。さすがに、小学校に入る前にはやめたけど。お母さんの妹に、その姿を見られて、「凪沙ちゃん、赤ちゃんみたいだね」と言われた一言が、衝撃を受けるほどショックだったのを覚えている。


 だから、私がすることはただ一つ。


「……何が?」


 なんともない顔で、今の出来事をスルーすることだ。変に気を遣われるのも辛いことを私は知っている。


「へっ? いや。べ、別に……」


 拍子抜けを喰らったような顔をして、私から目を逸らす。

 何か言われたら言い返す心の準備はできていたのに、行き場のなくなった気持ちを自分の中で静かに消化しているように見えた。


「あっちに、トイレとお風呂あった」


 私は先ほど見た事実を、そのまま口にする。


「……うん。ねぇ。小物、かわいくなかった?」


 ルカがベッドの上で足を崩す。


「そうかも」


 確かに、トイレのスリッパといい、洗面台のハンドソープといい、女の子が好きなそうなデザインをしたものが多いと思った。

 不謹慎だけど、こういう家に住みたいと思うもん。まるで初めから、女の子がこの部屋に来ることがわかっていたかのような内装だ。


「まるでインテリアデザイナーの小室杏樹(こむろあんじゅ)氏がコーディネートしたみたいな部屋ね」


「へぇ……」


「それに、このベッド、ふかふかしてよく眠れると思ったら、うちにあるのと一緒なのよね」


「……そうなの?」


 私は普段布団で寝ているからわからない。でも確かに寝心地は良かったように思う。


「フレームとマットレスだけで、軽く100万円は超えるもん」


「ひゃ……!」


 目玉が飛び出そうになった。そんなにするの!?

 私の布団は、その値段の100分の1程度なんだけど……!


「——っていうか、ルカってお金持ち?」


「……ありがたいことに、何不自由なく育ててもらったわ」


 いっそ清々しかった。ルカが胸を張る。

 私はすかさずダブルベッドの上に乗った。


「何?」


「いや、100万円の重みを噛み締めようと思ってさ。あー、やっぱり高級感ある!」


 ベッドに寝そべると、まるで無重力。体の凹凸を緻密に分散してくれる構造になっていそう。このまま目をつぶったら、また寝てしまいそうだった。これって、プラシーボ効果ってやつ?

 寝返りを打っても、まったく音がしなかった。


 ルカは何を思ったのか、私と同じようにベッドに寝そべる。うーんと唸りながら気だるそうに伸びをしている。


「——別に普通じゃない? もっとお金を出せば、寝心地が良い寝具は他にもあるわよ」


 カチンときた。きっとルカは普通の感覚がズレている!


 せめてもの抵抗で私は何も答えず、ぼーっと彼女を見た。


 目が大きくて、鼻が高くて、かわいい。それに、お金持ち。私の人生より楽しそう。悩みなんて一つもなさそう。


 ——なんてことはないんだよね。現に、ルカの親指が赤くなっているのが不安の表れとも言える。


 私の周りにはいないタイプ。だからかな。少し気が楽だった。


 まぶたが鉛のように重くなる。きっとこの、雲の上で寝ているようなベッドのせいだ。うん。


 まどろむ視界の中で、ルカも目を閉じているのがわかった。本当は彼女に聞きたいことがたくさんあるはずなのに。ベッドの話なんかで終わっちゃってる。


 ——私たちは、この部屋に閉じ込められたかもしれないのに。命の危機かもしれないのに。


 だけど現実逃避のように、急に訪れた眠気に逆らうことができなかった。





 トントン。トントン。


 一寸の狂いもない、ノックの音で目が覚めた。

 起き上がると、部屋の中は真っ暗だった。開けっぱなしになっていた窓から入る空気が冷たい。どうやら小雨が降っているようだ。


「ううーん……」


 ルカも私と同じように、あれから眠ってしまったようだ。うなるような声が聞こえてくる。


 今、誰か……ノックしたよね?


 トントン。トントン。


 こうしている間にも、丁寧なノックの音が怪しく部屋の中に響く。


「はい」


 思いがけず、大きな声が出た。緊張しているのに、それを相手に悟られないように必死な声。


 ……ドアの前に誰かいる。


 私は唾を飲み込み、相手の次の動作を待った。

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