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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第49話 自分の足で立ち上がる





 人気女優の羽本ルカと接触を取るのは苦難の技だ。まず彼女のスケジュールを一般人の私が知るわけがない。


 そして、ルカは今の時代にしては珍しく、SNSをやらない芸能人だった。おかげで、彼女が何を好きで何が嫌いなのかもわからない。


 頭を抱えそうになる。思考をぐるぐるとひたすら巡らせていく。


 ——そういえば昔、同じクラスだった五十嵐さんが、アイドルのMIYAにファンレターを送ったら返ってきたと言っていた。あの時の彼女はとても嬉しそうだった。


 ふと、私もルカに手紙を送ってみようと思うことができた。彼女は売れっ子だから、もしかしたら目を通す暇もないかもしれない。だけど、それでも良かった。


 雑貨屋でシンプルな便箋を買って、机に向かって筆を走らせた。最初はぎこちなかったけど、後半はスラスラと思いの丈を綴ることができた。


 文章にすると、気持ちの整理ができる。自分でも気づかなかったルカに対する想いを知ることができた。


 切手を貼ってポストに投函してから一ヶ月。——ルカからの返事が届くことになる。





 大学からアパートに帰ってきて、ポストを覗いた時に息を呑んだ。


 無機質な白い封筒の差出人には『羽本 ルカ』という名前が書かれていたからだ。


 蛍光灯に透かしてみたけど、中身は見えない。覚悟を決めてから封を切った。


 何が書かれているんだろうと、胸の鼓動が速くなる。


 ——それは、私が送ったファンレターに対する返信だった。最初から最後まで、形式的な文章が続いた。『応援してくれてありがとうございます。これからも精一杯頑張ります。』という文言で締めくくられていた。


 拍子抜けをしてしまった。


 もしかしたら、どこかで私を見つけてくれるだろうと期待していたことに気付く。恥ずかしい。情けない。


 羽本ルカは、私のことが好きで、住所を書いた手紙を送ったら、居ても立っても居られず、すぐに会いに来るだろうと。


 そうじゃなくても、手紙の返信は長文で、あの時を懐かしむようなことを書くと思っていた。


 彼女の手紙には、前を向いている人そのものの力強い印象があった。


 悔しい。どうしよう。悲しい。私は今頃、羽本ルカのことが本当に好きだったのだと気付いた。


 フローリングに涙が溢れる。ティッシュで拭うこともせず、そのままでいた。


 ふと思い立って、スマホに手を伸ばす。何も考えずに『羽本ルカ』と検索していた。彼女のかわいらしい画像がいくつも表示されていた。


 検索結果の候補の中に、『羽本ルカ 許嫁』というサジェストがあった。そのままタップすると、『羽本ルカには許嫁がいる?相手の名前はカイエンって本当?』というタイトルが目を引く、個人ブログがヒットした。


 カイエン……。


 抗えずに、指がタップしていた。記事がすぐに表示される。

 内容については、ルカがあの時ホテルで話していたことが書いてあった。財閥御曹司でルカとは2歳差。イケメンで女遊びが酷いとか。


 かと言えば、まるっきり見当違いな内容も書いてあった。ルカが女優になったのも、彼が推薦したから——とか。ルカはそもそも芸能の道に進むつもりは一切なかった——とか。当てにならない。


 結局、記事自体も、カイエンがルカの許嫁であるかは断定せずに、濁す形で締めくくられていた。アホらしい。


 私は床に寝転がった。なんだか疲れてしまった。


 目を閉じると、あのホテルで過ごした日々が浮かんでくる。ふと鬼ちゃんの顔が頭をよぎった。


 ——元気かな。しっかりご飯食べているかな。


 鬼ちゃんが熱を上げていた大地は今も刑務所にいるはずだ。彼は監禁罪に加え、監禁による死亡事件も絡んだため、裁判の結果、無期懲役の判決が下されていた。これまでお金で事件を隠してきた味方の父親でさえ、どうやら大地に見切りをつけたようだ。


 大地と鬼ちゃんは、監禁事件の犯人と被害者の関係になるので、面会はもちろん、一生会うことすら叶わない。私は正しいことをしたと思うけど、たまに夜一人で起きていると、これで良かったのかなとふと後悔の念にかられることがある。


 もしも今、鬼ちゃんの隣にアイリスがいれば、私は心から安心することができる。そうなっていて欲しいな。


 あの事件があってから、ホテルは解体された。だから鬼ちゃんも自由に羽ばたける。テレビという娯楽だけに囚われていることはないだろう。


 そういえば、刑務所ってテレビを見ることができると聞いたことがある。大地はルカが出演するドラマを見ただろうか。立場が逆転した、囚われの身となった彼は何を思うのだろうか。


「あはは……」


 みんなのことを考えている間は、自分と向き合うのを避けられる。


 ルカは手紙を通して、私とのちょうどいい距離感を示してくれているのかもしれない。


 ——だけど、会いたい。


 毎日メディアで彼女の姿を見るたび、切ない気持ちに締め付けられる。


 二人森で別れた後、日常に戻っても、何事もなかったかのように過ごせていたのに。

 

 ルカが私の心の扉を叩いたんだ。もう二度と鍵をかけることはできない。


「ルカ……」


「にゃあ」


「えっ!?」


 その時、猫の鳴き声がした。

 思わず飛び起きると、目の前にゴロロがいた。


「なんで!?」


「にゃあ」


 部屋の中を見回ると、どうやらベランダから入ってきたようだった。窓と網戸が開いていた。ヤバい。鍵をかけるのを忘れていた。完全に不用心だった。


 ゴロロは今も家族のもとで暮らしている。こんなに遠くはるばる、私のアパートまで会いにきてくれたということだろうか。


「にゃあ」


「ありがとうね」


 ゴロロは行動力がある。そういえば、ホテルで閉じ込められている時も探しにきてくれたっけ。勇敢だった。


「——私も見習わないとね」


「にゃあ」


 ゴロロの頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「でも駄目だよ。内緒でここに来ちゃ! みんな心配しているよ」


 お母さん、お父さん、雫の顔を順番に思い浮かべた。みんな元気だろうか。たまには連絡しよう。


 その時、ゴロロがすくっと立ち上がった。とことこと、ベランダの方に向かって歩いて行く。まさか——。


「もう、帰っちゃうの?」


「にゃあ」


「もしかして、私が"ここに来ちゃ駄目"って言ったから?」


「にゃあ!」


 ゴロロはまるで肯定と捉えられるような声で高らかに鳴いた。

 そういうつもりで言ったわけじゃないのに!


 ——そっか。


 ルカに会いに行って、万が一拒まれたら、その時は私も素直に帰ればいいんだ。

 何も行動に移す前からウジウジ悩まなくても良いだろう。


 現に、私はゴロロに本当に帰って欲しいとは思っていなかった。言葉のあやで言っただけだった。


 ——私はルカの本音を聞いていない。

 彼女が嘘をついた理由すらまったく知らないのだ。


 そうだ。私たちは一度素直に向き合って話さなければならないんだ。


「ごめん。帰らないで。もっと一緒にいようよ!」


 ゴロロにならありのままの自分でいられるのにね。


「にゃあ」


 仕方ないなぁというような顔をして私に近寄る。気ままでかわいい猫なのだ。


 私は、鬼ちゃんとの約束も忘れてはいなかった。


『"四角い箱"の中にさ、ナギちゃんとルカちゃんが出てたら、すっっっごく面白いと思うなぁ。だから、それがウチの夢かなっ』


 あの時、勇気をくれてありがとう。鬼ちゃんの言葉が希望になったよ。


 ——ねぇ。見ててよね。


「やってやる……!」


「にゃあ」


 ありがとうゴロロ。今度こそ、私は自分の足で立ち上がることができそうだよ。

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