第47話 私からは会いに行かない
えっ。あけぼのの恋!?
食い入るようにテレビ画面を見つめた。女性のナレーターが明るく弾む声で続ける。私は一言一句聞き逃すことなく、耳を傾けた。
——どうやら新たなキャストで、あけぼのの恋の、ドラマを撮り直すようだった。
ラブコメチックな内容であるのに、最後は悲劇エンドで終わったことから、世間では伝説の作品として語り継がれていた。しかし、一部の視聴者からは反発の声も上がったという話だ。どうやらラストを変えて、リメイクドラマとして放送されるらしい。
——懐かしいなぁ。
あけぼのの恋が放送されていた時、私はあのホテルに閉じ込められていた。テレビがなくて続きが見られない環境だったので、ルカと夜な夜なよくドラマの考察をしたものだ。
『主演・一ノ瀬壱子役には、3,000人のオーディションの中から選ばれた、荻野目ひまりさんが抜擢されました!』
画面には、朝ドラヒロインのような爽やかな女の子が映っている。黒髪のナチュラルボブスタイルで年齢は20。荻野目さんは、ドラマの主演を演じるのは初めてということだった。
「へぇ。あの子、かわいいね♪」
「……」
芹沢さんも一緒にテレビを見ていた。ヒューなんて言って、荻野目さんを褒めた。
「あっ。妬いてる?」
「……」
私はスルーすることにした。テレビは次の場面へと切り替わっていた。
『——そして実は! 前作で一ノ瀬壱子役を演じた都実ユウリさんが、今回は近所のタバコ屋のお姉さん・山田美海役として再び登場します!』
へぇ。そうなんだ。
ルカが、都実ユウリさんの演技を褒めていたことを思い出す。テレビの中の彼女は、控えめにお辞儀をしてみせた。
「このドラマ前にやってたの? ナギっぺ知ってる? 俺わかんないわ」
「私も……わからないです」
芹沢さんと、会話するのも面倒で適当に話を合わせていた。彼は気だるそうに頭をボリボリとかく。私も軽くあくびをした。日常生活に溶け込む簡単な演技も板についてきた。
そこからテレビは、リメイク版・あけぼのの恋の見どころとなるシーンをかいつまんで紹介していた。お客さんの出入りを確認しながら、私はボーッと画面を見ていた。
——すると、その時だった。
テレビに一瞬だけ、見覚えのある女の子が映った。
あれは——ルカだった。
稲妻に打たれたような衝撃が体を走る。
顔も髪型も、あの頃とはちっとも変わらない。むしろあどけなさが増したような——私が間違えるはずのない、ルカがそこにはいた。わずか数秒だけのシーンだったけど、目が離せなかった。
「ちょ。ナギっぺ、どうしたの?」
気づけば、私はテレビにしがみついていた。ルカ。ルカ。ルカ——。お客さんも驚いた顔をしている。
『あけぼのの恋では、エキストラを募集中! 興味がある方は——』
「いらっしゃいませー!」
居酒屋のドアが大きく開いた。団体客が入ってきた。芹沢さんが素早く駆け寄り、対応している。そのままテレビの続きを見たかったけど仕方ない。
私の意識はルカに惹きつけられたまま。体に染み付いた動きが、機械のように手足をなぞった。
どういうこと? 何で、ルカがあけぼの恋のリメイク版に出ているの? ——まさか本当に女優になったの?
ぐるぐると頭の中で思考が巡る。
——パリン。
空のグラスを一つ割ってしまった。店内に静寂が走る。
「失礼しましたー! ナギっぺ、ドンマイ!」
芹沢さんがグッと親指を向けてきた。
「すいません……」
私は、愛想笑いをする余裕もなく、ただただ俯くことしかできなかった。
◇
バイト終わり、更衣室で一人スマホを取り出し、検索画面に、『あけぼのの恋 リメイク版』と入れてみた。高鳴る胸が抑えられなかった。
ヒットしたページの『登場人物』欄を見ても、ピンと来る人はいなかった。
荻野目ひまりを中心に、いくつかの俳優の顔が並んでいる。大きな枠の中に、ルカの姿は見当たらなかった。
——あれは幻だったのだろうか。
一瞬のことだ。もしかしたら、他人の空似ということもあるだろう。しかし、私の直感がルカだと言っていた。
「——エキストラ募集か」
最後のページに辿り着くと、先ほどテレビで流れていた『エキストラ募集』の概要が目に入った。応募条件は、18歳以上の心身ともに健康的な男女と書いてある。撮影場所は、ここからさほど遠くないところだった。
「……」
スマホを急いでカバンの中にしまった。くだらない。わざわざ昔の傷を抉るようなことをしなくても良いだろう。
居酒屋の制服から私服に着替える時、もたついて手が棚に当たってしまった。痛い。じんじんとした鈍い痛みが広がっていく。今日はついていない日なのかもしれない……。
——私は自分の心に蓋を閉じた。過去と向き合うのが怖かったのかもしれない。今の生活が大事だ。この平穏な日々を守るためには、余計なことに首を突っ込まない方が良い。
ルカに会いたくない理由をあえて挙げるなら、目の前から勝手に消えたことだ。
たとえ嘘をついていたとしても良い。
だけど、急にいなくなるのは話が違うと思った。
「私からは会いに行かない……」
それは、意地みたいなものだった。
震える手を隠すように、私はカバンを勢いよく掴んだ。早く帰ろう。そして、お風呂に入ってささっと寝てしまおう。
一度だけ深く目を閉じた後、私はもう前を向いていた。




