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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第45話 演じる





 目を開けると、知らない天井だった。薬品の清潔な匂いがする。掛け布団が全身を包んでくれていて、あたたかい。


「——目が覚めたのか!」


 お父さんが驚いた声を上げた。近寄ってきて、私の手を取ってくれる。目の下にはクマがあって、幾分歳を取ったように感じた。


「凪沙っ!!」


 お母さんもベッドのふちに寄って、私の頬を触ってくれた。


「お姉ちゃん〜〜〜」


 雫が掛け布団を掴んで顔をうずめた。目には涙を浮かべていた。


 あれ。私って——。

 起きあがろうとしたら、お父さんに止められた。


「まだ、安静にしておいた方が良い」


「私、先生を呼んでくるわ!」


「お姉ちゃん〜〜〜」


 家族には、ホッとしたような笑みが浮かんでいた。


 ——良かった。


 森の中を歩いていた、"私たち"は、無事に保護されたのだ。体の力が抜けた。


「ルカはどこ?」


「……ルカ?」


 妹が素っ頓狂な声を上げた。


「誰それ?」


「えっ。私の他に……誰かいなかった?」


「お姉ちゃんとゴロロだけだったよ」


 雫が眉をひそめて、首を傾げた。嘘をついているようには見えなかった。


 そんな……。


「あっ。ゴロロはね、おばあちゃんが見ていてくれてるからね!」


 彼女の明るい声が、遠くなった気がした。


「凪沙、本当に良かった……」


 喜ぶ家族をよそに、私は一人取り残された気持ちになっていた。





 大人の話を聞くと、私はS市にある森の中に倒れていたようだ。登山を楽しむ同好会の人に発見されて、近くの病院に運ばれたというわけだ。


 ——私、織川凪沙は行方不明になっていた。期間は、およそ4ヶ月ほど。学校のみんなも心配していると言っていた。


 犯人の身元もすぐに特定された。竜宮大地。32歳。無職。

 私が行方不明になってから、すぐに見つからなかったのは、廃業したホテルが隠れ場所として使われていたからだった。いまだに暗くて長い廊下のことを思い出してしまう時がある。


 ——羽本ルカという子はどこにいますかという質問には、苦い顔をされるだけだった。「鬼原真里の間違いではないか?」と言われたことがあった。あのホテルを捜索したところ、鬼ちゃんも無事に保護されたということだった。


 ——ルカの嘘は、名前だった。


 彼女は羽本ルカではない。別の誰かだ。

 葵台高校に通っていると言っていたが、調べたら、それも真っ赤な嘘だった。


 今思えば、知らないところに連れてこられた時に、目が覚めて見知らぬ子が隣で寝ていたら、警戒するのが普通だろうとわかる。身元を明かすのは、リスキーなことでしかない。


 だから"ルカ"は、慎重な行動を取ったのだろう。ある意味、正しい選択をしたとも言える。


 私は本音でルカとぶつかったのに——。


 むしろ学校にいる時よりも、伸び伸びと過ごすことができたと言えるほどだ。


 あけぼのの恋が好きと言ったことも嘘だったのかな。

 あのドラマは、壱子と東雲丸の心中エンドで幕を閉じたということだ。雫が一生懸命に解説してくれた。そんな馬鹿な。ハッピーエンドじゃないなんて……そんなことある?


 羽本ルカとは、キスもした。——それ以上のこともした。

 私にとっては初めての相手だった。


 それも、嘘だったということだろうか。だけど、シーツの赤いシミが真実であることを主張していた。


 女優になりたいと夢を語った、ルカの気持ちは本当だと思いたかった。

 あの時の彼女の瞳は、希望に満ちていて、天使のように眩しかった。


 演技がすこぶる上手いルカのことだ。私との対峙も、難なく切り抜けてしまえただろうに。

 そこまで考えると、私はいつも頭を抱えてしまう——。


 何が本当で何が嘘なのか、今でもよくわからない。

 だけど、目を閉じるとはにかむルカが、いつもそこにはいた。


「——お姉ちゃん泣いてるの?」


 いつもの日常に戻った後、部屋で俯いていると、雫がやってきた。

 前よりよく親しく声をかけてくるようになった。


 雫の言う通り、私は泣きたい気持ちだった。だけど、涙は出てこない。


「……」


「お姉ちゃん?」


 雫が不安そうに、顔を寄せた。私は身内に相当気を遣わせてしまっている。


「——あれ? 今何時?」


「えっ?」


 雫が呆気に取られて、目を丸くしている。


「ふわぁ〜。なんか、眠っちゃってた〜。っていうか、雫、どうしたの? 何か用? 勉強、わからないところあるの?」


 背伸びをして、あくびを噛み締めるようにして、口元に手を当てた。


「——ううん。なんでもない。お母さんが、ご飯だってさ」


「そっかぁ。今行く」


 雫はホッとしたような顔をして、ひと足先に部屋を出ていった。


 良かった。何もおかしいとは思っていないみたい。


 ——私は演技をした。


 あのルカができていたんだから、一緒に日夜を過ごして、稽古の相手までした、私にもきっとできるはずだ。そう思ったからだ。


 罪悪感はあったけど、違う自分になれたようで楽しかった。

 ——私は今、ルカの気持ちに心から共感できた気がする。


「演じる……か」


 悪くないと思った。


 ありのままの自分でいるのが難しい時がある。心が剥き出しのまま人と関わると、傷つくことがある。


 人を見て細やかに対応を変えるということは、嘘ではなく、むしろ正しいことのような気さえした。


 ルカは私に嘘をついた。——でも、すべてが嘘だったとは思えない。

 彼女と過ごした時間の中で感じたことを、今後の人生に活かしていきたい。私は、心からそう思った。

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― 新着の感想 ―
今回も面白かったです。
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