表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/53

第44話 嘘

 ——私は彼女の手を取ると、忠誠を誓うように静かに舐めた。あたたかく、生の匂いがするそれは、悪くないと思える味だった。


 ルカは肩を小さく振るわせた後、吐息を漏らした。


 舌の上を這う赤い血。勿体無いというように少しも飲みこぼすことを許さない。

 人差し指と中指の付け根に舌を入れると、ルカの顔が歪んだ。それは痛みと甘美に酔いしれるものだった。

 ——私を止める人は誰もいない。指先ひとつにも、しつこく絡みついた。


「……あはっ。あったかい」


 その声を合図に、私はルカにキスをした。彼女は目を閉じなかった。


 まるで先ほどのベッドでの行為の続きをするかのように、加減を知らなかった。


 ——自由になれた喜びだろうか。大地が追ってくるかもしれない恐怖からだろうか。


 私たちを突き動かすものは——。


 もしも、今近くに獣がいて襲われても悔いはない。そんな生きていることを喜ぶかのように戯れを楽しんだ。


 遠くの方から鳥の鳴き声が聞こえる。木々が揺れる度に、ルカとくっついていたくなる。彼女の口内に紛れ込んでいると、寒さも和らぐような気がした。大丈夫。ずっと二人でいれば何とかなるよ、ね。





 いつの間にか眠ってしまったようだ。辺りには優しく陽が差している。

 私の隣にはルカがいた。落ち葉をかき集めて、暖を取っている。頬には土が付いていて、親指で拭って取ってあげた。


 喉が渇いたなぁ。昨日、無我夢中で走ったから——。


 自然と、目の前にある湖に意識が向いた。

 あの水、飲めるかな……。


 立ちあがろうとした、その時だった。ルカの手が私の服の裾を掴んでいて、前のめりになってしまった。


「んんっ……」


 どうやら起こしてしまったようだ。ルカは寝ぼけ眼で私をぼんやりと見る。


「おはよう」


「凪沙、どこ行くの? 行かないで……」


 彼女はすがるように、私をギュッと抱きしめた。


 あれ。なんか……いつものルカと違う!

 まるで甘えん坊だ。ギャップを感じてドキドキしてしまう。


「あそこの湖だよ。水飲みに行くの」


「わたしも行く……」


「危ないからそこにいて。ルカ、怪我しているでしょ。まず安全なところかどうか、私が確かめてくるから待ってて」


「……」


 右手から流れる血は止まったけど、まだ充分に痛いはずだ。どうか安静にしていてほしい。


 ルカをその場に残して、私は湖に一歩ずつ慎重に近づいた。水面は朝陽がキラキラと反射していた。

 近くでは小鳥が水を飲んでいる。なんだ。安全そうな気がしてホッとした。


 湖のほとりに近づき、しゃがんでみると、水が透き通っていた。私のシルエットも薄く映っている。


 ——今も夢を見ているみたいだ。心はあのホテルの部屋の中だ。

 ここは、どこなんだろう。


 ガサッ。


 後ろから何かの気配がした。誰か立っている気がする。


 ルカ?

 ——いや、違う。直感がそう告げていた。


 私をじっと見ていて、様子を伺っている。

 振り向きたかった。だけど、動けない。


 ——もしかして、人じゃないかも。

 自分の心臓の音が大きく聞こえた。


 湖が大きく揺れる。もう一つのシルエットが顔を出すまで、時間がかかった。


「にゃあ」


「えっ?」


 振り向いたら、私の愛猫——ゴロロがいた。

 ホテルの部屋まで会いに来てくれた、愛しのゴロロ。


「にゃあ」


 目を細めて、もう一つ鳴いた。


「な、なんで、ここに……」


「にゃあ」


 ゴロロは愉快そうだった。


「家まで戻ってくれたの?」


「にゃあ」


 ゴロロは言葉を喋れるわけではない。

 

 お父さんやお母さん、雫に声をかけても、「にゃあ」としか伝わらず、きっと誰も私がここにいるとはわからないだろう。


 ——だったらと、ゴロロはきっと、もう一度私に会いに来てくれたのだ。


「ありがとう……」


 無茶なお願いをしてしまった。


 私はゴロロをギュッと抱きしめた。

 背中にあるハートマークの模様が眩しかった。


「にゃあ」


 ゴロロはご機嫌そうに、尻尾をゆらゆらと動かしてみせた。





「わー! 元気だった?」


 ルカがゴロロを見るなり、頭を撫でた。


 湖の水を口に含んだら、普通に飲めそうで、ルカを呼んで水分補給をすることにした。


「にゃあ」


 感動の再会だった。


 しかし、ゴロロはすぐに立ち上がり、私たちに背を向けてゆっくりと歩き出した。どこに行くんだろう。もう少し休んでいけば良いのに。


 ゴロロは焦ったそうに私たちを振り返る。かと思えば、前を向き少し歩みを進めて、またチラッとこっちを見た。


「——もしかして、森の出口まで案内してくれてるんじゃないの?」


 ピンと来たルカが言う。


「そうかも!」


「それなら、早く行こうよ! 大地に見つかると大変だし」


 ごもっともだ。水飲み休憩も急ぎで終わらせて、私たちはすぐにゴロロの後を追った。


 森の中はしんとしているのに、不気味な気配がある。スマホがあれば、ここがどこか一発でわかるのかな。それとも電波すら届いていないだろうか。


 ゴロロは真っ直ぐに歩いていく。木の枝も、盛り上がった土もすいすい飛び跳ねて前へと進んでいく。


 視界が次第に開けてきて、一度は人が足を踏み入れたような道も見えてきた。ルカの背中を見つめながら、無心に歩く。


 安堵の中、思考も整理されていく感覚があった。


「——ねぇ。ルカ」


 気の緩みから、つい彼女に声をかけていた。


「大地がね。"羽本ルカは大きな嘘をついている"って言ってたんけど、そんなことないよね?」


「……」


 何それーと笑い飛ばしてほしかった。


 だけど、ルカは振り向かない。明らかに動揺しているのが伝わってくる。


「……ルカ?」


「——うん。わたし凪沙に嘘をついていたの。実は最初から」


 観念したように口を開いた。


「えっ?」


 思わず足が止まった。ルカがくるりと振り向いた。


 何がおかしいのか、彼女は優しく笑う。今まで見たことがないような表情だった。ぐにゃりと視界が歪んだような錯覚に陥る。


「——ごめんね。凪沙」


 ビー玉のような、まあるい瞳を直視することができなかった。ゴロロが遠くで、「にゃあ」と言う。頭が痛い。


 その時、ひときわ大きな風が吹いた。落ち葉が一つ私の腕に引っ付いた。ルカの目が追う。スローモーションのようにゆっくりだった。


 あっと思ったら、視界が真っ暗だった。


「凪沙!?」


 私を揺さぶるルカの声が耳に届く。とても心配しているように見えた。


 ——ルカの嘘ってなんだろう。今、聞かないといけない。


 なのに、目を開けることができなかった。意識が遠のく中、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ