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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第43話 逃走

 私は精一杯の力を振り絞り、開いた窓に足をかけて、外に出た。


「いたっ」


 降りる時に、尻餅をついたけど、そんなの今どうだっていい。


「ルカ!」


「……うぅ」


 彼女は確かに、小さな声を漏らした。


 ——ああ。良かった。ルカが無事だ。


 マットレスにしっかり受け身を取っていたようだ。でも、血が出ている。


「ルカ、ルカ。大丈夫?」


「な、凪沙……大地に何も……されてない?」


 息を呑んだ。

 まず彼女が気にかけたのは、自分ではなく私のことだった。


「さっき、二人が部屋で……話しているのを聞いたの。"凪沙を好きにして良い代わりに……ルカを自由にさせてやるって約束だろ?"って……」


 全部聞かれていたんだ。


「……冗談じゃない。バカ! そんなこと……わたしが許さない」


 ルカはゆっくりと体を起こした。


「説教するのは今はなし……。凪沙、大地が来る前に……早くここを逃げましょう」


「……うん」


 ルカがマットレスから降りると、私の手を引いて、ゆっくりと先を歩いた。


 上を見ると、部屋からは明かりが漏れていた。あそこに私たちはずっと住んでいたんだ。あれ……。


「ちょっと、待って! 誰かいる」


「えっ?」


 私たちの部屋の3つ隣の部屋からも明かりが漏れていた。

 よく見ると鬼ちゃんだった。


 窓を開けて、身を乗り出すようにして、こちらに向かって手を振っていた。


「無事で良かった!! うまくやったね!!頑張れーー!!」


 屈託ない笑顔で応援してくれている。まるで私たちを見守る女神のように思えた。


 鬼ちゃんの隣にはアイリスもいた。じっと心配そうに、こちらの様子を伺っている。


 鬼ちゃんはテンションが上がったからか、アイリスをギュッと抱きしめた。——そして、ほっぺたにキスをした。


 アイリスは顔を真っ赤にして、フリーズした。


 思いがけない出来事に、笑ってしまった。


 久しぶりの外。緊張感からの解放。

 そして、大地が追ってくる恐怖。それを覆す幸福感——ルカがいる。

 すべてを含めて、今の状況におかしくなってしまったのだ。


「ははっ。応援してくれてるわよ……」


 ルカが痛みを抑えながら言い放つ。だけど声は弾んでいるように思えた。


「——待って」


 影が動く気配がする。きっと大地だ。

 私たちは近くの木に身を寄せ合って隠れた。風が一度だけビュウっと大きく吹いた。


 私たちがさっきまでいたマットレスを覗いている人がいる。

 ここで見つかったら、本当に終わりだ。地獄が待っているだろう。


 息が乱れる。怖い。


 その時、ルカが「大丈夫」と囁いた。手と手がふと重なり、そのまま自然に握り合った。


 ——大丈夫だという根拠はない。だけど、ルカが言うと、不思議と何も怖いことはないような気がした。


 肌寒く、凍えてしまいそうなほどだった。もっと厚着をしてくれば良かった。


 人の気配が遠ざかる。大地は私たちとは、反対方向に向かって走っていった。


「行こう」


「うん」


 私たちは急いで、森の奥に進んで行った。野生動物がいるかもしれない。酷い罠が仕掛けられているかもしれない。


 とても、とても、怖かった。だけど——。


 またホテルに閉じ込められる方が何十倍も恐ろしいことだったから、無我夢中で駆けた。

 トレーニングルームで日頃から鍛えておいて良かったな、なんてことが一瞬、頭をよぎる。


 どれくらい時間が経ったのだろう。靴を履いていないから、さすがに足が疲れてきたし、痛かった。


 私たちが向かう方向には街はあるのだろうか。


「はぁはぁ……」


 森の中で、開けたところに出てきて、思わず足を止めた。

 近くには湖があって、月を神々しく反射している。


「もう……大丈夫かな……」


「うん。多分……」


 乾いた喉に、冷たい夜風が入り込んでくる。痛いのに、気持ちが良い。


「えっ。ちょっと!」


 ルカを見ると、右手が真っ赤に染まっていた。


「さっき……窓ガラスを割った時のかな」


「痛い?」


「——全然!」


 ルカはにこっと笑って見せた。強がっているようにも、本当に平気そうにも見えた。


「——凪沙がね、大地に連れ去られる場面を見てたら、居ても立っても居られなかったの……」


 彼女が月に反射するようにして、血をうっとりと眺めていた。


「部屋には鍵がかかっていて——アイリスは呼んでも来てくれないし。一人で気が狂いそうだった……」


「……」


「——わたしが窓から落ちたらさ、大地、中断してくれるんじゃないかと思ったの」


 ルカが私をじっと見る。

 まるで告白を受けているような瞬きがあった。落ち着いた心拍数も再び速くなる。


「……危ないよ」


「別に死んでも良かった。凪沙を助けることができるなら——」


 私の目の前には、この世のものとは思えない美しい人がいた。口元を緩ませて、目尻は下がり、慈愛に満ちた顔をしている。


 感謝の気持ちを伝えたいのに、上手く言葉にできなかった。


「——ねぇ。これ舐めてよ」


 ルカが血が垂れた右手を差し出してきた。その一滴が草の上に、音もなく落ちた。


「……」


「——凪沙」


 "お願い"とも、"早く"とも言わない。

 ただ、私の名前を呼ぶ。


 普通だったら、怒っていることだろう。

 何でそんなこと言うの? 変なの! 信じられない! とか。


 ルカはそれを見て笑うだろう。

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