第41話 大好き
「なんか、トレーニング中にお菓子取りに行くって言ってからも来るの遅いし——なんなの?」
ルカは拗ねていた。
それもどっしり腕組みをしながら、わかりやすく。
「ええっと……」
上手い言い訳が思いつかなかった。
「——わたしのこと、どうでもいいの?」
アンニュイなため息をつくように、彼女は言った。
まるでアイリスが大地に嫉妬心を抱いた時のような、小さな炎が見えるかのようだった。
「……」
「ねぇ。なんか言ってよ!」
ルカは、かわいく唇を尖らせている。
「——どうでも良くなんかないよ。ルカのことすっごく大事だよ!」
「……ふーん。そっか」
勇気を出して素直になったのに、彼女は突然、突き放す。
私から目を逸らして、足をぶらぶらさせている。
「……わたしのこと大事ならさ、ずっと側にいてよ」
「えっ?」
「……だから、わたしから離れないでって言ったの!」
「……」
ぷいと、顔を背けられてしまう。
「——ねぇ。凪沙。どこにも行かないでよ」
ルカが、か細い声で言った。
どこか寂しそうな彼女を見て、私はたまらなくなった。
思わず、ルカを優しく——壊れないように抱きしめた。「ひゃっ」なんて、声を漏らしたけど、あとは何も言わなかった。
彼女は私の気持ちに答えるかのように、背中にそっと腕を回した。
——ごめんね。ルカ。
これから、私は大地の元に向かわなければならない。
ルカの側から離れてしまうことになる。
だけど、私の気持ちはずっとルカに向いていることを知っておいてほしかった。
できることなら、ずっとずっと抱き合っていたい……。
ルカが顔を上げると、私の頬を両手で包んだ。
「んっ……」
焦れた想いが爆発するように、唇と唇が重なった。
戯れるように、何度も角度を変えて触れ合うたび、体の奥がとろけるように甘く痺れる。——しかし、彼女は深くは求めてこない。
「ねぇ……」
ルカが唇を離し、震えた声で聞いてくる。
「……んっ?」
「どこにも……行かないでよ」
「——うん。行かないよ」
そうだ。私は返事をしていなかった。
ルカは不安になって、もう一度聞いてくれたのだ。
「ずっとルカの側にいるよ」
「んっ……」
彼女は私の言葉を合図に、深いキスを重ねてきた。焦らされた熱が、絡み合うように一つになる。
口内をなぞられて、くすぐったくて、甘くて、どうにかなってしまいそうだった。
部屋の中には私たちだけの吐息が漏れていた。
「ひゃっ」
ルカが唇を離して、私の首筋を舐めた。舌を這わせるように責められると、体の力が抜けてしまう。
眩暈がするような感覚の後、キスマークを付けられていることを悟った。
彼女はブラウスのボタンを外して、鎖骨に顔を埋める。まずいと思う反面、もっと痕を付けて欲しいと思う自分もいた。
大地と対峙した時、ルカの印がついていたら怖くても、きっと平気なふりができそうだった。
もっともっとルカでいっぱいになりたい。
「ねぇ」
「な、に?」
余裕がなさそうなルカが吐息を漏らす。
「——めちゃくちゃにして」
私、すごいこと言っている気がする。だって、顔が赤くなるのが自分でもわかるもん。
ルカにねだるだなんて恥ずかしい。だけど、タイムリミットが迫っているからかな。いつもよりも大胆になることができた。
「——しらないよ」
ルカが目を細めて、口角を上げる。
それからはというと、ルカに身体中を攻められて、息もつく暇がないほどだった。
私はとにかく彼女に夢中で、後のことはもうどうでも良いと思えるほどだった。
いつのまにか腕時計は外されて、ベッドの下に転がっていた。——きっとルカは、私のものじゃないとわかっていたのだろうか。
——どれくらいの時間が経ったんだろう。
「ねぇ、ルカ」
「なに?」
「どんなことがあっても、私はルカのことが大好きだからね。それだけは忘れないでいてほしい」
「ふふっ。何それ。おかしい」
私の隣に寝そべるルカが笑みをこぼした。
「——ルカに知っておいてほしかったの」
もう少しで、大地がこの部屋にやってくる。
月明かりに照らされて映された時計の文字盤は、もう少しで12時になるところだった。
私がモソモソと下着を付けようとすると、ルカが制止してくる。
「もうちょっと、このままでいようよ」
彼女が甘えた声を出す。このまま微睡の中、二人寄り添って朝を迎えたい。
——それは叶わないことだった。
第一、"アイツ"に、ルカの裸を見せたくない。
制服ではなく、ジャージを選ぶ。淡々と着替える私を見て、ルカが何かを察知したように起き上がる。
「——凪沙、何かあったの?」
「お願い。ルカ、服を着て」
「……」
彼女はしばらく止まったままだった。やがて、空気を読むかのように、衣服を身につけ始めた。
着替え終わった後、ルカが電気を付けた。目の前はチカチカしていて、私はすぐに彼女に顔を向けることができなかった。
「ねぇ。そういえば凪沙、『ルカには後で言うから。今は待っていてほしいな』ってトレーニングルームで言ってたよね。結局、何だったの? 教えてよ」
「……」
「ねぇってば!」
私は今から、大地に抱かれる。
その代わり、ルカは外の世界へ出ることができる。女優になる夢を目指すことができる。
頭ではそんなことばかり考えていたけど、結局、口に出すことができなかった。
私は大きく息をひとつ吸う。
「——ルカ、一生に一度のお願いを言って良い?」
「……?」
「少しの間、お風呂場にいてほしいの。その時、物音がしても、絶対に出てこないで欲しいの」
「えっ? どうして?」
「お願い……」
私は頭を下げていた。
大地の元に行く瞬間を、ルカに見られたくなかったからだ。




