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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第40話 最後の夜

「——コーヒーでス。織川さん、ブラックは飲めますカ? 真里さんのは砂糖たっぷり入れておきましタ」


「ありがと〜♪」


 ちょうど良いタイミングで、アイリスがティーカップを持ってきてくれた。だから、話はそこで途切れた。


 華やかで香ばしい香りが部屋中に漂う。


 今夜、私は大地の部屋に行く。そこで彼に酷い目に遭うことになっている。

 もしかしたら、生きて帰ってこれないかもしれない。


 だけど、その代わりにルカが自由になる。夢に向かって邁進できる。だから、それでいいと思った。


 今、鬼ちゃんが明るい未来を想像するようなことを言ったからかな。きらめくような幸福に、胸がときめいてしまった。


 ——もしも、もしも私も自由になれて、"女優"になることができたら、テレビに映ることができるかな。

 そしたら、鬼ちゃんは見ててくれるかな。「私の夢が叶った!」と思ってくれるかな。


 ティーカップを持つ手が震えた。


「ねぇ、アイリス。何かお菓子ないのー?」


 鬼ちゃんがソファーに深く座り、子どものように駄々をこねた。アイリスは、そんな彼女を愛おしそうな目で見ている。


「はイ。ただいまカナダ産の高級チョコをお持ちいたしまス」


「ワーイ! 太っ腹♪」


 それは、このホテルに来てから、一番美味しいと感じたスイーツだった。アイリスはいつもは庶民的なお菓子しか出さない。今日は特別に、スペシャルなチョコを出してくれた。


 甘味が私を優しく包み、迫り来る悪夢をひと時でも忘れさせてくれた。





 お茶タイムが終わった後、私は自分の部屋に戻った。そしたら、ロミオが出迎えてくれた。

 メガネをかけており、何やら難しそうな本を読んでいる。


「相手の方は、お風呂に入られてますヨ」


 本から顔を上げて、私に囁いた。


「そうなんだ」


「ロミオ。あとはワタシが見ておりますので、下がって大丈夫ですヨ」


「かしこまりましタ」


 アイリスがロミオに指示を出すと、部屋から静かに出ていった。きっとアイリスの方が先輩なのだろう。微かな上下関係があるのを感じた。


「織川さン」


「何?」


「今日の夜ご飯、何が食べたいですカ?」


「えっと。……うどんかな」


 食欲はなかった。


 リクエストできるなら、せめて喉越しが良いものを食べたかった。


「——そうですカ。かしこまりましタ」


 アイリスは俯きながら言った。


 いつもは食べたいメニューなどを彼女から聞かれることはない。

 もしかして、気を遣われているのだろうか。


「——ねぇ、アイリス。今日、夜ご飯を食べた後、ルカと二人きりにさせてくれない? 部屋には絶対に来ないでほしいの」


「……かしこまりましタ」


「ありがとう」


 アイリスはすんなりと受け入れてくれた。——私の真意が伝わったのだろうか。


「凪沙!」


 ルカがお風呂から上がったようだ。

 私を見るなり、はしゃいだ声を出す。


 ……あれ?


 彼女はドレス姿だった。レースがふんだんに使われた豪華絢爛な赤いドレスは、ルカによく似合っていた。


 それは、彼女がこのホテルに連れ去られた時に着ていたものだった。


「綺麗……」


「あはっ。ありがとう」


 私は、お姫様が魔法のように目の前に現れたことで、完全に照れてしまっていた。

 ルカはスカートの裾を両手で持ち、敬意を表すように軽く会釈してみせた。


 ああ、神様。どうしてこの子を手放さなければならないの。

 そんな言葉が、喉の奥で溶けて消えた。





「だからって、凪沙も制服着ることないんじゃない?」


「別にいいじゃん。私の勝手でしょ」


 どうやらルカは、ジャージを着ることに飽きてしまい、ドレスを手に取ったらしい。

 "正装"に合わせるように、私もお風呂に入った後、彼女に初めて会った時に着ていた服を選んだ。


 夜ご飯の、うどんを二人で仲良く食べた。あたたかいスープは喉を通り、お腹を優しく満たしてくれた。


「凪沙にかまぼこあげるわ」


「ありがとう」


 ルカが私のお椀に渡してくれる。どういう風の吹き回しだろう。ただ単に苦手な食べ物を渡したと言われればそれまでだけど。

 彼女の気遣いが、何か特別な意味があるように見えてしまい、少し涙が滲んだ。


 夜ご飯を食べ終わった後、アイリスがお皿を取りに来てくれた。

 じっと私を見つめた後、静かに部屋から出て行ったのが印象的だった。


「ねぇ、凪沙。なんで腕時計なんかしてるの?」


 ——バレていた。


 長袖だから見えないと思い付けていたけど、目ざといルカに見つけられてしまう。


 彼女は私に近づくと、腕を掴んだ。


「今って……20時35分ってこと? これ誰の?」


 ルカは無垢な瞳を向けてくる。


「私の! その、制服のスカートのポケットにずっと入れていたの忘れてたの!」


「ふーん?」


 ルカは納得いかない顔をしながらも、私から手を離した。その後、ベッドのふちに腰掛ける。

 ドレスに皺が寄るのも気にしていないようだった。さながら、気品溢れる気だるい姫という感じだ。


 私はそっとルカに近づいた。相変わらずまつ毛が長くて、羨ましい。艶がある唇に意識が向いてしまう。


 目と目が合うと、もっと彼女に近づきたいと思った。前屈みになって、キスをしようとしたら、「鬼原さんと何話してたの?」と言われてしまった。


「えっ。べ、別に……」


「わたしに聞かせられないこと?」


「……」


 ルカを見ると、眉間に皺が寄っていた。

 ま、まずい。


 ——大地に抱かれる前に、ルカと甘い夜を過ごしたかった。

 なのに、初っ端から嫌な空気が流れ始めている。

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