第34話 救世主?
私は本当に外に出ていないのに、アイリスに信じてもらうことができなかった。
いや、外に出たかどうかは、きっと大きな問題ではないのだ。おかしなことをしたら、いつでも懲らしめることができるという周囲へのアピールも兼ねているのではないか。おかげで、忘れていた緊張感を思い出させてくれた。
半日、懺悔部屋に閉じ込めるということは、言葉のままに捉えると、12時間後にアイリスが迎えに来てくれるということだろう。
正直、余裕かなと思った。だけど、暗くて狭いと、こんなに心細いんだ。知らなかった。
しかも、何もすることがないと、本当に時間が進むのも遅く感じる。
楽な姿勢になろうと、横になってみるけど、ちっともリラックスしない。
「誰かぁ……」
声を出してみるけど、部屋に反響するだけ。自分がとてつもなく可哀想な存在に思えてきた。
なんでこんな目に遭わないといけないんだろう。お腹も空いたし、喉も乾いた。
「助けて」
段々と不安になってきた。中からドアを開けようとしてみたけど、鍵がかかっている。
私は小さい頃、押し入れに入るのが好きだった。外の環境音を聞きながら、狭い空間で一人、横になるとリラックスできた。好きな時に自分で外に出られる安心感があるから、ずっといても苦痛ではなかった。
だけど、今この懺悔部屋にいると、汗が滲んできて、どうしても自然体ではいられない。
「嫌だ」
心の声を、全部言葉にしないと気が済まない。やだやだやだ。
ゴロロがせっかく私に会いに来てくれたのに。もしも、またここに来た時、アイリスに見つかってしまったら、酷いことをされてしまうのではないか。
嫌な目に遭うのは私だけで十分だった。
「ルカ。鬼ちゃん」
せめて二人は大地の手に沈められることなく、救われてほしい。
だけど鬼ちゃんは、このホテルにいるのが幸せなように見えた。——本当かな。
世界は広い。そういうこともあるのかな。
このままトイレに行きたくなったらどうしよう。そう思ったら、本当に尿意があるように感じた。
——だんだん息苦しくなってくる。閉じ込められてどれくらい時間が経ったのだろう。
トントン。
その時、扉をノックする音がした。
えっ。
驚きから、すぐに返事をすることができなかった。
「……あ、アイリス?」
「ウチだよ♪」
扉の奥から、か細い声が聞こえてくる。
もしかして、鬼ちゃん!?
「ナギちゃん、そこにいるよねっ。今、出してあげる!」
ガチャリと施錠が解く音がして、扉が開けられた。
私の目の前には、鬼ちゃんがいた。懐中電灯を手に持って、眩しい光を向けてくる。思わず目を背けてしまった。
「ごめんごめん! そこ暑くない? 喉乾くでしょ〜。はい、水」
「あ、ありがとう」
いろいろ疑問はあったが、とりあえず渡されたミネラルウォーターを受け取った。
「それとこれ。大福! 懺悔部屋に入ると、トイレに行きたくなるでしょ? これ食べると半日くらいは平気なんだぁ。あんこが水分を吸収してくれるらしいよ♪」
はいと、豆大福が手渡された。
「あと、これ! 睡眠薬! さっさと寝た方が気持ち的に楽だよ♪ 2錠飲んでねっ」
手渡されたものは開封済みで、振るとカタカタと音が鳴った。
「実は、ウチもそこに入ったことがあるんだ〜。ナギちゃんは懺悔部屋初めてでしょ? 他に何か聞きたいことがあったら、何でも聞いていいよ〜」
「——なんで鍵を開けることができたの?」
鬼ちゃんはアイリスでもないのに、不思議だった。
彼女は、このホテルに長くいるから、いわゆる特別扱いを受けているということだろうか。鍵を預けてもらえるほどに——。
「アイちゃんから盗んだ!」
そしたら驚くような返答が来た。
「……ま、マジ?」
「うん! ウチ手癖悪いんだ〜」
暗闇の中でにんまり笑う鬼ちゃんは少し怖かった。私は拍子抜けしてしまった。
「……アイリスに怒られちゃうよ」
「別にいいもん! こうやってナギちゃんに差し入れできたし♪ えへへっ。なんか、けーむしょみたいだね?」
鬼ちゃんは私を指さして、おかしそうに笑った。
——でも、助かった。外の空気も吸えたし、便利なアイテムも貰った。なんだか残りの時間、頑張れそうな気がした。
「ありゃ。なんか物音がした! アイちゃんかな? ナギちゃん、急いで入って! 鍵閉めるからっ」
鬼ちゃんは、私を無理やり懺悔部屋に押し込むと扉を閉めて、鍵をかけた。微かに「ファイト♪」という声が聞こえた気がした。
——鬼ちゃんって実は大物なのかもしれない。
そりゃそうだ。肝が据わっていないと、こんな長々と楽しくホテルにいられない。
鬼ちゃんから貰った水と大福を口にする。口の中が潤い、甘味パワーで元気が出てきた。
このまま懺悔部屋にいたら気が狂ってしまいそうだ。だから、さっさと寝るに限る。
私は睡眠薬を口に含んで水を飲んだ。
横になって、眠気が来るのをひたすら待つ。この錠剤って、アイリスから貰ったものなのかな。それとも、鍵のように盗んだものなのかな……。
ぼーっと天井を見つめてみるけど、何の面白みもない。今、私の目に入っているものは本当の暗闇なのだろうか。
そんなことを淡々と考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
「織川さン。半日が過ぎましタ」
——アイリスの声で目が覚めた。
彼女は少しも詫びる様子もなく、私を急いで懺悔部屋から出した。
「凪沙!」
部屋に戻ると、ルカが待ってくれていた。私をみるなり、ギューっと抱きつく。
く、苦しい。ルカは目尻に涙を浮かべていた。
「大丈夫だった?」
「うん……」
「心配していたんだからっ」
「ありがとう……」
ルカがいつもに増して素直だ。
ちっとも憎まれ口を叩く様子がない。安堵からか、私も彼女の背中に強く腕を回した。
その時、ポケットから、カサッとかすかに音がした。それは、きっと大福の包みだ。
懺悔部屋に入っている時間は、本当に一瞬だった。鬼ちゃんのおかげとも言えるんだけど——。
彼女は手癖が悪くて、フレンドリーな自由人。一筋縄ではいかない相手だと思った。




