第32話 信じよう
Tシャツをハサミで切って、ペットボトルに巻きつける。
ツルツルの面は全部隠すつもりでガムテープで固定する。自分の爪でも引っかかるか試してみたら確かに抵抗力があった。
「で、できた……!」
「早速、窓から垂らしましょう」
「うん。ゴロロ!」
窓から見下ろすと、大きなあくびをしているゴロロが見えた。
「もう一度、木に登ってくれる?」
「にゃあ」
「大丈夫? 怪我してない?」
「にゃあ!」
ゴロロは元気よく応えてくれた。良かった。
だけどあまり無理させたくなかった。これが最後の挑戦にしないと。
ペットボトルを窓から垂らすと、ゴロロは軽やかに木に登った。前屈みになって、勢いよく飛び跳ねる。
ゴロロはペットボトルの端に食らいついて、宙吊りになった。やった!
落ちないように、そっと、部屋の中にペットボトルを引っ込める。あと数センチというところで、手を伸ばしてゴロロを抱っこした。
「にゃあ」
「ゴロロ!」
ゴロロが部屋の中にいる。信じられなかった。とっても嬉しい。
感動の再会とは、こういうことをいうのだろう。
私はゴロロを強く抱きしめた。草と土の香りがして、少しベトベトする。だけどちっとも気にならなかった。
毛並みに顔を埋めると、懐かしい家の香りがした。
「ゴロロ、お見事ね!」
「にゃあ」
ルカはゴロロに賞賛を送るように盛大な拍手をした。幸せな空間に満ち溢れる。
「ゴロロ……ゴロロ……よくここがわかったね」
「にゃあ」
「私を探しに来てくれたの?」
「にゃあ」
「何言っているか、わからないわね」
ルカが冷静なツッコミを入れた。
ゴロロは心なしか前より痩せている気がした。
「ゴロロ、お腹空いてない?」
「にゃあ」
「冷蔵庫にヨーグルトがあるんだ。今持ってくるね」
「にゃあ」
アイリスが朝ご飯に持って来てくれたものだった。食べきれなくて、後でおやつに食べようと冷蔵庫に保管していたのだった。
早速、ゴロロの前にヨーグルトを出すと、勢いよく顔を突っ込んで食べ始めた。よほどお腹が空いていたのだろう。
「かわいいわね」
「うん!」
ゴロロを素直に褒められると嬉しかった。
「お水も飲む?」
ルカが自分のコップにミネラルウォーターを注いできてくれた。
「あっ。水道水の方が良いかな! それだと尿路結石になりやすいから」
「そうだったのね。ごめんなさい。今、変えてくるわ」
ルカが慌てて洗面所に向かった。
ゴロロが、この部屋に来てくれたことで、今までとは違う雰囲気が流れる。
ルカの目もいつもより優しい気がした。
「にゃあ」
ゴロロがヨーグルトを食べ終えたようで顔を上げる。
「うーん。とりあえず、お風呂かな」
ご自慢の背中のハートマークが汚れていた。毛並みを整えてあげたかった。
私はもう一度だけ、ゴロロをギュッと抱きしめる。
「にゃあ」
嬉しそうにゴロロが目を細めた。本当に会えて良かった。
◇
「フカフカになったわね」
「にゃあ」
ルカがソファーの上でゴロロを撫でる。頭の上をちょこちょこと触っている。膝の上には乗せていないから、たどたどしさはある。だけど、二人はすっかり打ち解けているように思えた。私はその隣で、んーっと伸びをする。
ゴロロをお風呂に入れた後、のんびりと過ごしていた。ああ。幸せってこういうことをいうのかもしれない。
ゴロロは家にいる時みたいに、我が物顔でくつろいでいた。
「——ねぇ。なんで私が、このホテルにいることがわかったの?」
「……」
ゴロロは答えない。目を細めて、ルカの手のひらに身を委ねている。
「もしかして、テレパシー? 私のSOSを受け取ってくれたの?」
「にゃあ」
……。
真相は神のみぞ知るというやつかな。
だけど、きっと私を探しに来てくれたんだ。——そう思うことにした。ゴロロありがとう。
ゴロロの顔を見て、わかったことがある。私は、ここでの生活に完全に甘えきっていた。
もうこのまま、このホテルで一生を過ごすのも良いかなと受け入れ始めていた。
最初の頃は、隙あらばこのホテルを抜け出そうと、ルカと計画を立てていた。しかし、いつもアイリスに見つかって終わりだ。
挑戦しても失敗続きだと、また次も駄目だろうと勝手に思って、計画を立てることすらしなくなる。
だけど、ゴロロは勇敢にも高いところから飛び跳ねて、私たちに会いに来てくれたのだ。
ゴロロを見習いたい。強くなりたい。
なんとかしないと。無事に、ルカとこのホテルを抜け出したい——。
「——ねぇ、ゴロロ。家に帰ったらね、私とルカ。——そして鬼ちゃんが、このホテルにいることを家族に伝えてほしいの。できる?」
「……にゃあ」
私の真剣な様子が伝わったのだろうか。ゴロロは間を置いてから、か細く鳴いた。
「——そして、助けに来てほしいの」
「にゃあ!」
今度は力強い声で鳴いた。心なしか、凛々しい表情をしているように見えた。
ゴロロはソファーを降りて、窓辺に立つ。こちらを振り向いた後、もう一度「にゃあ」と鳴いた。
それはお別れの言葉のようにも思えた。
「えっ。そんな、もう行っちゃうの」
せっかく久しぶりに会えたのに……。
私は泣きそうな気持ちをグッと堪えた。
「にゃあ」
ゴロロは慰めるようにもう一度鳴いた後、静かに窓から出て行った。
思わず駆け寄ると、そのまま森の中に走っていくゴロロの後ろ姿が見えた。
「ゴロロ、凪沙の言葉、完璧にわかっていたよね」
「……」
私はそのまま、床に座り込んだ。
「……ねっ。信じよう」
ルカは私の隣に来ると、優しく背中を撫でてくれた。
久しぶりに触れたゴロロは、あたたかくて、"生"の実感を私に教えてくれた。
いつまでも、ここにいてはいけないのだ。夢物語の中に住んでいてはいけないのだ。
ゴロロは私に大事なことを再認識させてくれた。




