第28話 鬼ちゃん
「ちょっと!」
ルカが間に入ってくれた。鬼ちゃんをきっと睨む。
だけど、私は『大丈夫』というように、手をルカの前に出した。
「"ナギちゃん"、大くんとどういう関係なの!?」
鬼ちゃんは、まるで私をライバル視しているかのようだった。
「た、他人! 無関係!」
「そうなの? ウチ、大くんのこと好きだから、取られたくない〜」
彼女はヘナヘナとその場に腰を落とした。目のふちに涙も溜まっていた。
「何それ? 鬼原さんも大地に連れ去られて来たんだよね?」
ルカの敬語が、ちゃっかりと抜けていた。
「うん。でもなんかね、好きになっちゃったんだもん。たまに顔を合わせると優しいしさ。ウチのことが良いと思って、ここに連れ去って来たのかと思ったら、キュンとしちゃって。それで、なんか顔もカッコよく見えてきてね……」
「——鬼ちゃんっていつからこのホテルにいるんですか?」
「ウチ? えーっと……8年前とかくらいかな?」
絶句した。開いた口が塞がらない。
「——もしかして、一度も外に出ていないとか言わないわよね?」
ルカが鬼ちゃんを凝視する。
「出てない! けど、楽しいよ? アイリスに頼んだら新作のお菓子だって買って来てくれるもん。この前のレーズンクッキー美味しかったなぁ〜」
信じられなかった。
本当に鬼ちゃんは、長い間このホテルに閉じ込められているということだろうか。
もしかして、幼さを感じるのは、人と関わらずに一人でいたせいだろうか。
もしも、監禁されていて、たまに大地と関わる機会があったら、好意的な感情も芽生えてしまうものなのかな……。
そういえば、犯人と長い間一緒にいる被害者は、緊迫した状況も相まって、恋心のようなものを抱くというのは聞いたことがある。
「——ねぇ。鬼原さんが連れ去られた時って、他に部屋に誰かいなかった?」
ルカが鋭く、言った。
そうだ。私が部屋で目を覚ました時、隣にはルカがいた。
先ほど二人で助け合うために、ペアにさせたんじゃないかと話し合ったばかりだった。
「うん。いたよ!」
「その人は今どこ? どんな人? ここに呼んで来れる?」
「——無理だよ」
「なんで?」
「死んじゃったから」
鬼ちゃんの目に光がない。真っ黒だ。
私たちは口が聞けなかった。
「部屋に閉じ込められたからかな? ストレスが溜まって、発狂して、窓から飛び降りた」
「……」
「だから、ウチ一人ぼっち。えへへっ」
鬼ちゃんは無理して笑う。
「ねぇ。どうしたら良かったのかなぁ。どうしたら、西奈を助けられたかなぁ」
彼女はかつて同室だった人の名前を呼び、静かに泣いた。
「ウチうざかったもんね。夜な夜な話しかけたから。……西奈、今すぐ会いたいよ」
「真里さン」
アイリスが一歩前に出た。優しく鬼ちゃんの手を取る。
それはアイリスが初めて、誰かに対して見せた思いやりのようで、目が離せなかった。
「ありがとう。アイちゃん……」
嗚咽をこぼして鬼ちゃんが泣く。感情を表に出すように、声を上げて涙を流していた。
——私は大地が許せなかった。
手に力が入り、握りこぶしを作る。
その時、ルカがルームランナーに駆け寄った。
ピッピッと画面を操作して、早速運動を始めた。
「あいつ、絶対しめる。そのために体力をもっともっと付けてやる……」
彼女は確かにそう言った。
「——元気出して」
私は鬼ちゃんに、人並みのことしか言えなかった。
「ひっく。ねぇ、ナギちゃんはね、ここを出たいって思う?」
「……うん」
「そっか。ウチはね。ずっとここにいたいんだ!」
「それはなんで?」
「だって、嫌なこと何もないんだもん!」
「……」
「欲しいものはなんでも手に入るし。ウチをバカにしてくる人もいないし。そもそも家族がいないからさぁ。ここが居心地が良いって思えてるのかも!」
アイリスに手を握られながら、鬼ちゃんは語り出した。
彼女は、児童養護施設で育ったということだった。
同学年の子にいじめられていて、しんどかった時期に、大地に連れ去られたということだった。
「——ナギちゃんに話してわかった。やっぱり大ちゃんってウチの神かも!」
鬼ちゃんが手を組んで、うっとりとした。
私は彼女を見て、逆に冷静になることができた。
鬼ちゃんは、きっと最初こそ、不安で怖かったはずだ。いくら快適とは言え、ここを出たかったことだろう。
この異常な環境にすっかり馴染んでしまっている。
もしかしたら、私もこのままここにいたら 今以上に感覚が麻痺してくるかもしれない。
それは、とてつもなく恐ろしいことのように思えた。
「あっ! ウチもそろそろ運動スタートさせよっかな」
涙を拭い、鬼ちゃんはルカの隣にあるルームランナーに向かった。
切り替えが早い。鬼ちゃんはタフだ。
アイリスはじっと彼女を見ている。その姿は親心のように心配しているように見えた。
あれ。そういえば、このトレーニングルームに来た時、鬼ちゃんは一人だったよね。
逃げ出さないように監視の目はないのだろうか。
——と思ったけど、アイリスとしては、その心配はないと考えたのだろう。
ここに何年も住んでいるから、鬼ちゃんはある意味信頼されているように見えた。
私は軽く準備体操をする。部活でも、体がつらないようにいつもそうしている。
運動していたら気も紛れるだろう。ルカも一生懸命に走っている。
私は早速、目についたダンベルから持ち上げることに決めた。




