第27話 トレーニングルーム
◇
「ねぇ、アイリス。わたし外に出て運動したいんだけど!」
ルカが食事終わり、お皿を回収しに来たアイリスに向かって、お願いをした。
健康的な女子が二人、部屋に押し込まれている状況はやっぱり良いことではない。
ふと部活に励んでいたことが懐かしく思えた。みんな何しているかな。
ああ。バドミントンのラケットを思い切り振って、スマッシュを打ちたい。
「——承知いたしかねまス」
「ケチ! ここにずっといたら、贅肉がついちゃうんだけど」
「そう言われましてモ……」
「ねぇ。凪沙もそう思うわよね? この部屋にいたら、運動するためには……」
ルカが言葉を切った。顔が赤くなる。
もしかして、よからぬ想像をしているでしょ。
私も彼女の赤面が移る
「どうされましたカ?」
「「なんでもないっ!」」
声が被ってしまった。
「運動したいのでしたら、ダンベルやルームランナーなどがあるトレーニングルームにご案内することができますガ」
「何それ!? そんな場所があるの!? しかも、わたし達行くことできるの!? もっと早く教えてよ!!!!」
「だって、お尋ねにならなかったのデ……」
アイリスは、ロボットらしからぬ言い訳をする。
——知らなかった。てっきりこの部屋から一歩も出してくれないものと思っていた。
もっともな正論を言ったら、代用案を考えてくれることもあるんだ。
「どうしますカ? 今から行きますカ?」
「もちろんよ!」
「行きたい!」
とんとん拍子に話が進んだ。
でも、大丈夫かなぁ。少し不安だ。
私たちはミネラルウォーターとタオルを持って、アイリスの後に続いた。
廊下に一歩、足を踏み入れた瞬間、いけないことをしている感覚があった。それだけ、この暮らしぶりに慣れてきたということだからゾッとする。
大地に見られたら怒られないかな。
赤い絨毯の上を慎重に歩く。先を行くルカも緊張しているように見えた。
いくつもの部屋を横目に歩いていくと、廊下の奥にトレーニングルームがあった。
アイリスがドアを開けてくれる。中には、一人の女性がいた。えっ。
ふわふわロングの髪をひとまとめにしていて、グレーのタンクトップと、黒色のジャージを着ていた。ルームランナーをゆっくりめのスピードで走っていたが、私達の姿を見るなり機械から降りた。
「わぁ。こんにちは〜」
アニメの声優のように、丸く優しい声をしていた。20代かな。私たちより年上に見えた。
彼女はタオルで額の汗を拭くと、私たちの元に駆け寄ってきた。
「アイちゃんのお友達ですかぁ?」
"アイちゃん"とは、きっとアイリスのことを指しているのだろう。あだ名で呼ぶくらい付き合いが長いのだろうかと勘ぐってしまう。
「お友達では、ありませン」
アイリスは冷たく言い放つ。瞬殺だ。
「そっかぁ。ウチね、運動するの好きなんだ〜」
「そ、そうなんですね」
目の前の彼女は名乗りもしない。まるで昔からの友達みたいに、気さくに話しかけてくる。
「——あなたは誰なんですか?」
ルカがビシッと言った。
「誰って……えっとぉ〜。鬼原だけど」
「下の名前は?」
「……真里」
「軽く自己紹介しましょ。わたしは羽本ルカ。この子は……」
そこから先は、順番に自分のことについて話していった。
彼女は鬼原真里。24歳。A型で、獅子座。好きな食べ物は鯖の味噌煮。延々と、たわいもないことは教えてくれるけど、私たちが知りたい情報については語らない。
「鬼原さんは……」
「二人とも高校生なんでしょ? 鬼ちゃんでいいよ! イェーイ♪」
「は、はぁ……」
調子が狂う。
24歳って、もっとしっかりしているものだと思っていた。これじゃ妹の雫よりも、幼い気がする。
「——"鬼ちゃん"は、このホテルにいつからいるの?」
「ずーーーっといる! 楽しいよ!」
明るく花が咲くような笑顔を見せてくれた。
「——私たちは、連れ去られてここに来たんです」
一世一代の告白のつもりだった。しんとした空気が広がる。
「——ウチも! 気づいたら、ベッドの上にいた!」
しかし、鬼ちゃんはひょうひょうとしている。共感できる相手ができて嬉しいという感じだ。
「最初はね、寝心地悪いベッドだなって思ったけど、そうでもなくて! あっ。そうそう昨日は、悪夢見ちゃってね〜。大変だったんだよ〜」
話が脱線する。
なんだかイライラする人だなと思った。
「——鬼原さんって処女ですか?」
ルカが直球で聞いた。まるで距離を置くみたいに彼女をさん付けで呼ぶ。
「……」
おしゃべりだった鬼ちゃんが黙る。目を逸らして俯いた。
これは……。
「秘密!」
鬼ちゃんは強めに言い返した。ムキになっているようにも思えた。
直感だけど、ビンゴだろう。
「あのですね。私とルカに共通することが、その……性行為の経験が無いということだったんですよ。それで鬼ちゃんにも、つい聞いてしまったんです。気分を害してしまったら申し訳ないです」
私はフォローするように口を挟んだ。
「そっか。二人ともまだ経験ないんだ〜。なら言っても良いかなぁ。ウチも、まだしたことないよ!」
鬼ちゃんは素直になる。軽く舌を出して、おどけるように答えてくれた。
「そうなんですね。やっぱり大地は……」
「大くんがなに!?」
鬼ちゃんが食ってかかる。勢いよく肩を掴まれて、思わず固まる。怖い。




