第18話 演技
私は勢いよく、その場に立ち上がった。ルカが訝しげな目で見る。
私は、おもむろに壁に向かってピースをした。賑やかしのために、もう片方の手も同じポーズを取ってみせる。ダブルピースだ。
「イェーイ!」
「はっ?」
ルカが口をあんぐりと開ける。
「——どうせ監視カメラに撮られているなら、楽しそうに撮ってもらいたいなと思って」
私はその場でくるりと一回転をした。リズムを取って、体なんかもゆらゆら動かしてみる。
ルカは鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとしている。
「変な人」
彼女が鼻で笑った。眉間にシワを寄せているよりは全然良い表情だと思った。
私は思わずルカの腕を掴む。
「何すんのよ」
「一緒にしようよ」
「へぇ?」
「どうせ暇だし。好きな動き——好きなことやってみたら?」
「……」
「誰か見ていてくれるかもよ」
私たちには余るような時間がある。不自由の自由。何をしてもいいのだ。
しかし、ルカは黙ったまま。
おどけようとしていた私も困ってしまう。
雫だったら「堅いよぉ」なんて言って、場の空気を和ませてくれるだろう。妹の笑った時に見せるえくぼの凹みの輪郭が思い返された。既に遠い過去のように思えてゾッとした。
「ばーーーーーーーーか!!!!」
ルカが腹の底から大きな声を出した。突然だったので、びくりと肩が震えてしまう。
華奢な見た目に似合わない、迫力ある声だった。
「大嫌いっ!!!!!!!」
ルカは目をギュッと閉じて、握り拳を作っていた。
最初、私に言っていたのかと思った。だけど、違うようだ。
彼女は私を見ていない。だから、思い浮かべているのは、きっと、ここにいない誰かのこと。
「わたしがいなくなって精々した? ふっ。あははははははっ」
ルカは腹を消えて笑った。大きな声を出すと気持ちがスッキリする。
もしも彼女の気が晴れるのなら、思う存分好きなことをぶちまけて欲しかった。
ルカはごほんと咳払いをする。
「——この恋は、張り手にあったような衝撃。私のハートは、ごっつぁんです。東雲丸さん、私と付き合ってください!」
ルカはまっすぐに私を見つめ、そっと右手を差し出した。
——それは、あけぼのの恋の壱子の台詞だった。告白の名シーン!
きゅ、急にどうしたんだろう。
その台詞は棒読みとは思えず——まるで都実ユウリのように心に響くような演技。とっても上手だった。
声に抑揚がついており、ルカは堂々と壱子を演じていた。
「——こんなにちゃんこが美味しいなんて知らなかった。ねぇ。東雲丸さん、ザリザリした砂消しもいいもんでしょ?」
「……」
ルカは左手で頬を押さえ、右手で文字をこするような仕草を見せた。
——それは壱子が東雲丸と距離を縮めた名場面の一つだった。
私は東雲丸になりきってしまったかのように頬が赤くなった。
「——パパひどい! 東雲丸さんに腕相撲で勝ちたいからって両手両足を使うなんて! この卑怯者!」
ルカは首を振りながら罵る。
それは二人の仲に反対している壱子のお父さんに、壱子が怒るシーンだった。
演技が下手な人だと、きっと見ていられないだろう。
しかし、ルカの身振り手振りは完璧で、引き込まれてしまう自分がいた。
まるで私までドラマの世界に入ってしまったかのような錯覚を覚える。
「——う、うまっ!」
「ありがとう!」
「ルカは、あけぼのの恋の大ファンなの!?」
「まぁ、それもあるけど……」
「女優になった方がいいよ! 絶対! 演技、心に沁みたもん!」
「そ、そう?」
ルカは頬を染めた。満更でもないようだ。
「——ありがと。スッキリした。演じることって、わたしにとってストレス発散方法の一つなの! そのときだけ、まったく違う人生を歩んでいるような感覚になるから」
「うん」
ルカは胸を撫で下ろすと、私を上目遣いで見た。その仕草がかわいらしくて、思わずドキッとする。
「自分でも、演技は上手い方だとは思っていたけど……誰かに見せて、褒められたのは初めて。そう。わたし女優になりたいの」
ルカの瞳は澄んでいた。
「そっか。なれるよ!」
「うん。まぁね。うん。その。ありがとう……や、やっぱり褒められるのって嬉しいわね。慣れないわ」
彼女は目を細めて笑った。手を顔の前でパタパタさせている。
本音で話していると感じたからかな。なんだかホッとして、強張っていた体の力が抜けてしまった。
ルカの夢は女優になることなんだ。途端に彼女が輝いて見えた。
「——凪沙のおかげで自信がついたわ。本当にありがとう」
あっ。でも。
「……」
「何?」
「お風呂場のキスとかも演技の一環なの?」
「はぁ!?」
「だって、普通あんなことしないでしょ。いきなり……」




