第14話 レモンジュース
「そーんな、質問されたら、誰だってそう思うって。へー! やらしー!」
「っ……」
思わず、ベッドの上に起き上がる。違うと言いたいのに、寝起きだからかな。上手い言い訳が出てこない。
「絶対、わたしとのキスが影響してるでしょ。ふふっ。かわいい」
カァっと頬が熱くなるのを感じる。
私は恋愛のことでからかわれると根に持つタイプなのかもしれない。
気づいたら、ルカの肩を押していた。そしたら面白いくらい簡単にベッドの上に倒れた。
あ、あれ?
拍子抜けしてしまう。
ルカはいたずらっ子のような、微笑を浮かべていた。余裕のある表情がムカつく。その顔を崩したいと思った。……だからかな。
私はルカの頬にキスをした。嫌味ったらしく、優しく、大切に扱うように。柔らかい肌に触れた時、やっと復讐できたような気がした。
顔を上げると、唇を引き結んでいるルカと目が合った。
「昨日、あんなことされたんだから。き、キスの夢くらい見るよ! 悪い?」
「……」
私はベッドから降りると、窓辺に立った。ガラッと窓を開けると、涼しい風が部屋の中に入ってくる。
すーはーと深呼吸を繰り返したら、気持ちが落ち着いた。
うん。このホテルに閉じ込められているのは夢じゃない。私の一日が今日もまた、この見知らぬ場所で始まった。
◇
「織川さん、顔を上げてくださイ」
「お願いします! ここから出してください! お願いします!」
アイリスが朝ご飯を持ってきてくれた時、私は日本の伝統である、頭を床に垂れる"土下座"を繰り広げていた。
ルカが無理やり部屋を抜け出して失敗に終わったなら、私は情に訴えかける方法に出てみた。
押してダメなら引いてみろ。アイリスは話せばわかってくれるロボットのように思えた。
——結果としては断られてしまったわけだが。
「あなた達は、この部屋から出ることはできませン」
「なんで?」
ロゴが描いてあるオシャレなトップスと、ゆるっとしたパンツを履いたルカが仁王立ちをしながら言った。どうやら、私に加勢してくれるらしい。
「……」
アイリスが黙る。ロボットが無言を貫く瞬間は怖かった。
今日もエプロンを付けていたが、昨日とはデザインが違った。なぜかゼブラ柄のエプロンを着用している。
「何か喋りなよ」
「……」
「ねぇ」
「……」
「もー」
アイリスはじっと前を向いたままだった。その瞳からは、何を思っているのかを予想することは難しい。
私は顔を上げて、体を起こした。隙をつくように、ドアノブに手をかけたら、アイリスがものすごい勢いで私の腕を掴んだ。
「い、痛い痛い……」
「……」
すごい力だ。振り解くことができない。
「ちょっと! アイリス! 凪沙から離れなさいよ」
ルカがアイリスの腕を一生懸命に引っ張ってくれる。
どうやらルカが言ったことは本当のようだ。アイリスが部屋から出るのを全力で阻止してくる。
「ごめんなさい。もうしません。離して、アイリス……」
「かしこまりましタ」
ぴたりと動きが止まって、掴む腕が緩んだ。アイリスはお利口だ。……きっと主人にも忠実なのだろう。
アイリスは、私がおかしな動きを取らないことを確認した後、そっとドアから出ていった。もちろんガチャリと鍵をかけて。
テーブルの上には、小倉トーストとレモンジュース、トムヤムクンと、ポテトサラダが人数分、置かれてあった。相変わらずラインナップがチグハグだ。
——でも、約束の小倉トーストを用意してくれたんだ。嬉しい。
私の朝ご飯のリクエストにはしっかり答えてくれる。だけど、掟破りなことをしたら、力づくで部屋に閉じ込めようとする。
……うーん。やっぱり、アイリスって怖いって思う方が勝つかも!
「大丈夫?」
ルカが私の腕をペタペタと触った。見てみると、少し肌が赤くなっていた。
「平気」
彼女の手は、こそばゆい。猫じゃらしを押し付けられたみたいに、心の奥がむず痒くなる。
私たちは仲良くテーブルの方へ移動した。向かい合わせでソファーに座ると、二人で一緒に、「いただきます」と手を合わせた。
ルカが最初に手をつけたのは小倉トーストだった。私も真似して豪快に、かぶりつく。
「美味しい!」
「うん!」
「——ってか、凪沙はわたしの後に食べてもいいのに! 毒が入っているか心配なんでしょ?」
したり顔のルカ。
確かに昨日までの私は、食事に何かよくないものが含まれているのではないかと不安だった。だけど、口に溶けるあんこに舌鼓を打ち、どうでも良くなった。
「ルカと一緒に食べたくなったの!」
「そ、そう」
黙々と食べる私を見て、ルカも構ってられないというようにレモンジュースに手を伸ばした。トムヤムクンからは湯気が立ち上っており、まだ十分にあたたかいことを知る。
ルカの頭には寝癖があった。かわいいなと思いながら、ぼーっと見ていた。レモンジュースはとっても酸っぱかった。




