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森の中のホテルに監禁された私。しかも、部屋にもう一人女の子がいる。  作者: 宮野ひの


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第11話 わたし、まだ処女なんだけど

「——都実ユウリって、なんで今まで埋もれていたんだろうと感じるわ」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。しかし、すぐに壱子役の女優の話をしていることに気付く。


「確かに。初めて聞く人の名前だよね。演技上手いと思う」


 明るく元気、だけどちょっとドジ。主人公の園壱子(そのいちこ)は、見る者をワクワクさせてくれる。東雲丸に恋に落ちた夜、自宅の屋根に登り、愛用しているボールペンを月夜にかざしたシーンの演技は圧巻だった。


 だけど何で今、女優の話なのかな。私は、あけぼのの恋の"ストーリー"について話をしたかった。


 壱子のパパが相撲アレルギーで、娘が力士に恋するなんて許さんと怒っていたり、東雲丸は5歳年上の幼なじみと結婚の約束をしていたりと、波乱な展開だ。だけど、壱子はひたむきに東雲丸を想い続けている。


「都実ユウリは、心から演じるのが楽しいって気持ちがあるの! 画面越しにびんびん伝わってくるもの!」


「……まぁ。それはわかるかも」


「目がキラキラしていて、役に入り込んで……。まるで第二の人生を歩んでいるような感じがするわ。見ていて心が締め付けられるもの」


「……」


「恥じらいを取っ払って堂々と演技をする……それこそが俳優の醍醐味だと思うわ!」


「——ルカってもしかして、女優に興味があるの?」


 一瞬、時が止まったような気がした。空気が張り詰める。


「——そう、見えたかしら」


 肯定するのでもなく、否定するわけでもない。苦笑しながらも、ルカは話を続けた。


 しかし、もうやみくもに"演じること"については話をしなかった。


 本来、私がしたかった、あけぼのの恋のストーリーについて語り合うことになる。


 ——私は壱子と東雲丸が最終的に結ばれてほしいと思っていた。当然のことだろう。だけどルカは面白いことを言う。


「壱子はずっと一人でいた方が良いと思うの」


 耳を疑った。ラブストーリーのドラマで、そんなバッドエンドなんてあり得るのだろうか。


「何でそう思うの?」


「壱子は恋愛に縛られず自由にいた方が、いろんなものを手に掴めると思うの」


 確かに壱子は能力が高い。血筋なのか、東雲丸への熱い想いがそうさせるのか……。夜な夜な自作の文房具を手掛けては、しっかり完成させている。この前は、一切、手に触れずに字が消せる消しゴムを作り出していた。壱子は不思議と、自作の文房具は東雲丸へプレゼントすることはない。塩は贈るのに……。


 ルカみたいな面白い意見を言う子もいるんだなぁ。何だか、新鮮だった。


「でも、次回予告で壱子と東雲丸、キスしてなかった?」


「……してたかも」


「それなら、付き合うのも時間の問題だよ!」


「わからないじゃない。現にわたし達もキスしたけど、何も始まるわけないでしょ?」


「……」


 ルカは逃げもしない。堂々とした態度で、私と対峙する。

 ムカつく。勝手にキスしたくせに。何も無かったことにしている。

 初めてだったのにという恨みは、自分の腹のうちに留めておくことにする。


「……そうかもね」


 私は吐き捨てるように、そう言った。


「でしょ」


「でも、さっきしたキス。今も唇が痛いんだけど」


 私は紅茶で湿った唇を触ってみせる。鈍い痛みが広がり、思わず一瞬、目を閉じた。


「……」


「怪我してるの、わからない?」


「……」


「さすが婚約者がいる人は違うね。こんな獣みたいな激しいキスを普段から経験しているんだろうけど」


 嫌味だった。

 ファーストキスを無理やり奪われた立場からしたら、これくらい言ってもバチは当たらないと思った。


「してない……」


 ルカは、か細い声を出す。


「はっ。どーだか」


「……わたし、初めてだったんだけど」


 ……。


 彼女はそんな末恐ろしいことを言う。信じられるわけない。


「キスすること自体が? はっ。16歳で婚約者がいるっていうのに、そんなことある?」


「——わたし、まだ処女なんだけど」


 ルカは、はっきりとした声で言い放った。

その言葉は私が口にできない類のもので、思わず頬が熱くなった。


「は、はぁ?」


「カイエンとは、何もない」


「カイエン?」


「そう。婚約者の名前」


 ルカが節目がちに言った。


「——そのカイエンって人は、どんな人? 何歳?」


「わたしの2つ上だったかな」


「じゃあ、18歳ね。こんな、かわいい女の子を前にしたら、その、や、やりたい盛りじゃない? おかしくない?」


 下品な言葉を口走ったような気がするが、気にしていられない。


「まぁ。カイエン自身は他の女の子と遊びまくっているわね」


「へっ?」


「この前は女の子2人と、3人でしたって自慢されたわ」


「ちょ、ちょっと待って」


 情報量が多くて頭が追いつかない。私は少し冷めた紅茶を飲み干した。


「結局は親が決めた婚約者。お互い不満も出るわ。そもそも、わたしカイエンのことそれほど好きじゃないし」


「……」


「カイエンが他の女の子とセックスしているのは別にいいのよ。モテるのは男の甲斐性?っていうやつだし。……わたしがイラつくのは別のことよ」


 ルカの言葉を一つも取りこぼさないように、息をひそめて耳を傾けていた。


「『ルカは僕と結婚するまで、他の男とキスやセックスをしないでほしい。純潔のままでいてほしい』って言うのよ。笑っちゃうわよね」


 ルカは腹を抱える。とてもじゃないけど笑えない。


「じゃあ何で、カイエン……さんは、ルカには手を出そうとしないの?」


 そんなに欲深いなら、真っ先にルカと体の関係を持ちそうなのに。


「『結婚式を挙げたその日に、全部僕が奪いたいから』とか抜かしていたわ。『それまでに、他の女の子と寝て、技を磨いとくから楽しみにしていて』とかも言っていたわ。正直、呆れた」


 頭が痛かった。

 婚約者がいるお嬢様って憧れの存在でもあった。でも蓋を開けてみたら、そんなロマンチックな話など、どこにもなかった。私は絶望した。


「——だから、さっきのが本当に初めてのキス」


 ルカはそう言い、締めくくった。


 そうなんだと納得できるほど、私は子どもじゃない。

 こんなにかわいい子が、何も経験がないなんて信じられなかった。

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