第1話 隣で眠る女の子
私の横には、黒髪の女の子が眠っていた。すぅすぅ寝息を立てている。小柄な体躯で、線が細くて、まつ毛が長い。まるでテレビの中から出てきたアイドルのようだ。
知らない子なのに、妙に安心して寝顔を見ていられるのは、同じ性別だからだろうか。彼女が息を吸うたびに、腰あたりにある掛け布団が優しく揺れた。
室内はジメジメしていて、肌感で湿気が多いとわかる。寝返りを打ちたい。だけど、隣の女の子を起こしてしまわないか心配だった。掛け布団は彼女と私を繋ぐ架け橋になっていた。
「痛……」
鈍い痛みが左腕に走る。恐るおそる手を這わせてみると、針を刺したような衝撃があった。血はついていない。右手を目の前にかざすと、乾いた土がついていた。
汚い。早く洗いたい。そう思うのに、身動きが取れずにいた。妙な気だるさがそうさせているのだろうか。女の子は、ううーんと言いながら、背中をこちらに向けた。
まばたきをする度に、昨日のことがうっすらと蘇ってくる。考えたくないと本能が叫んでいるけど、追求するのをやめられなかった。
——私は昨日、何者かに路上で襲われて、連れ去られた。
◇
駅前のネオンが光る繁華街で、北村さんと、五十嵐さんと、身を寄せ合っていた。近くでは、キャッチのお兄さんが大きな声を出していた。みんな素知らぬ顔で通り過ぎている。
北村さんと五十嵐さんは、相変わらず私の顔を見ない。そこにいないものとして扱われている。だけど私は気づかないふりをした。夜の街の陽気な雰囲気に紛れていると、何も起きていないような気がした。
私たちの横を、恰幅の良い男性が通る。100kgはあるだろうか。彼が好奇心を光らせた目をして、私たち3人を見た。制服姿だったから、浮いて見えるのかもしれない。
しかし、すぐ隣に並ぶ、胸元の開いた服を着た女性に声をかけられて我に返る。腕をギュッと組まれて、ご満悦だ。
遠くの方で、男性が「うおー」と、低く叫ぶ声が聞こえてくる。顔を上げると、誰かと目が合ってしまいそうで、私は斜め下ばかりを見ていた。
コンクリートの上には、白いぺちゃんこのガムがねっとりと、へばりついていた。そういえば高校生は、23時から補導対象だということが頭をよぎった。
「ねー、今から大地のクラブに行こうよー」
「いーねー。本当に奢ってくれるかなー?」
「前言ってたから、大丈夫っしょ。ねっ。織川さん、いいよね?」
北村さんが振り向く。薄茶の髪は、夜のお店の輝きに照らされて、淡く光っていた。校則違反なのに、いつのまに染めたんだろう。唇には、コーラルピンクのリップが塗り直されていた。
とっさに反応できずに黙っていると、「行こ行こー。決まり」と五十嵐さんが後押ししてきた。
金色の髪は、緩く巻かれており、青色のカラコンで見つめられると、少し怖かった。彼女は、北村さんよりも派手だ。じっとしていても目立つ。だけど、学校で生活指導の先生に怒られている姿を一度も見たことがなかった。
勝手に決めないで。そう思っても、口に出すことができない。怖気づいた私の顔を五十嵐さんが見て、軽くふっと笑った気がした。
——二人に、ついてこなければ良かった。私は、心の底から後悔していた。
帰りのHRが終わった後、バドミントン部の部室に行こうとしたら、北村さんと五十嵐さんに声をかけられた。
帰宅部の二人が、私に何の用だろうと不思議に思った。彼女達とは、同じクラスになってから一度も話したことがない。
いわゆるスクールカースト上位の二人に声をかけられると、いつもの自分の調子が出なかった。「どうしたの?」という声も震えてしまった。
「いやさ、今から遊びに行かない? 織川さんと絡んだことないから、これを機に仲良くしたいと思ってさー」
「ウチら二人じゃ、つまんないからさー」
どういう風の吹き回しだろう。私はすぐには返答できなかった。
教室に残ったクラスメートが、私たちをジロジロ見ている。その中には、又吉唯の姿もあった。黒縁メガネ越しに、不安そうな瞳を向けている。しかし、こちらに歩み寄ってくれる素振りはない。私は誰にも気づかれないように、奥歯を噛みしめた。
唯ちゃんと私は、やっぱり親友ではないのかも。




