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子ども扱いしてごめんね?──年下婚約者はやっぱり大人になっても一途でした!

作者: 大井町 鶴

あれから2人はどうなった……?

宮殿へと向かう馬車の中、窓から差し込む陽光がワーズの金髪を柔らかく照らしていた。 銀糸の刺繍が施された深い紺色の燕尾服は、その髪色をいっそう際立たせている。


「ワーズもとうとう成人になるのね」


パールは胸元の家紋を象ったブローチを指先で整えながら、静かに言った。


「そうだよ。やっと、パールと同じ大人になれたんだ」

「ハーフパンツ姿で走り回っていた頃を思い出すと、不思議な気持ちになるわ」


パールは、無邪気に笑っていた幼いワーズの姿を思い出し、ふと目元を潤ませた。


「パール、泣かれるとボクはどうしたらいいのかわからなくなるよ。……ボクのことを知ってくれているのは嬉しいけれど、なんて言うか……ボクはもう、いつまでも小さな“ボク”じゃない」

「ええ、わかっているけれど……思い出は消えないものなのよ」

「それでも……今のボクを見て欲しいな」


ワーズがパールの手を取り、目を見つめながら甲に口づけた。


「ワーズったら……ここでそんなこと……恥ずかしいわ」


パールは頬を赤らめ、気まずそうにワーズの横をちらりと見た。


「そうだぞ!僕がいるのを忘れないでくれよ。今日は、レッジ伯爵家の見届け人として付き添っているんだから」

「ありがとう、お兄様。今日はボクのために時間を割いてくれて」

「いやいや、礼には及ばないよ。弟が立派になったのは嬉しいことだからさ」

「立派……と言えば、お兄様も結婚してから評判がいいよね」

「結婚したのに、遊び続けるわけいかないだろ。今は、地に足をつけた生活を送っているよ。とはいえ、妻がなあ……」


リードが腕を組み、ため息をついた。


「ミレーヌさんがどうしたの?」

「彼女、すごく見栄っ張りで金遣いが荒いんだ。それに性格もきついし。ああ、パールを妻にできるワーズは幸せだよなあ」


リードが羨ましそうにパールを見つめたので、ワーズはムッとした。


「お兄様、パールを気軽に見つめないでほしいし、名前も気軽に呼ばないでほしいんだけど!」

「はいはい。パールはワーズとお似合いだよ。ちょっと羨んだだけだ」


ぽんぽん、とワーズの頭をリードが撫でるとワーズはリードの手を軽く払いのけた。


「だから、そういつまでも子ども扱いしないでくれって」

「ワーズが反抗期だ」

「違う!」


ワーズとリードは8歳離れた義理の兄弟だが仲はいい。かつてパールとリードは婚約関係にあったがワーズが生まれると、養子のリードとの婚約は解消されて替わりにワーズとパールの婚約が新たに結ばれた。


リードは現在、すでに子爵令嬢と結婚していて騎士職に就いている。


2人の言い合いをおもしろおかしく見守っていると、やがて窓の外に宮殿の尖塔が見えてきた。


石畳の道には、宮殿へと向かう馬車で込み合っている。


馬車が宮殿の前に到着すると、3人はゆっくりと降り立った。


「さて、僕は少し挨拶回りをしてくるよ。騎士団の上官も来ているし、顔を出さないとね」


今夜の舞踏会には、王都の有力者や軍関係者も多く招かれている。リードの知り合いも多く来ていた。


「じゃあ、後でね」


リードと別れると、ワーズとパールは並んで広間へと足を踏み入れた。


会場にはすでに多くの招待客が集まっていて、入場してくる人を見定めるような視線が飛び交っていた。


「この雰囲気、経験しているとはいえ、慣れないわ」


パールがワーズの腕に手を添えながらつぶやいた。


「確かに。こんなにジロジロと見られるとは思っていなかったよ。なんだか、狩りの獲物になった気分だ」

「ワーズ!」


ワーズの同級生だった。先に入場していた男性陣が集まって少し先の方で歓談をしているのが見えた。


「ワーズ、行ってきて」

「パールも行こうよ」

「いえ、私はいいわ。男性たちでおしゃべりしたいこともあるでしょう。私はあちらで飲み物をもらってくるから」

「確かに、パールを男の集まりに連れて行きたくはないな。じゃあ、少しだけ話してくるよ」


ワーズがそちらへと向かうと、パールは飲み物コーナーへと向かった。


――飲み物コーナーには、果実酒やシャンパン、ハーブ入りのカクテル、酒の入っていない飲み物まで数多くの飲み物が並んでいた。


(どれにしましょう。シャンパンはワーズと一緒に飲みたいし……)


そのとき、横からグラスをすっと差し出された。


「これ、美味しいですよ。甘いから女性も飲みやすいのではないかな」


淡い紅色のワインが入ったグラスを、黒の礼服に身を包んだ青年が手にしていた。


「……ご丁寧にありがとうございます」

「突然、話しかけて警戒されてしまったかな。何を飲もうか迷っていたように見えたから声をかけたのだけど。……いや、正直言うと、妹の舞踏会デビューに付き添ってきたはいいけど、妹は友達とおしゃべりに夢中みたいで困っていたんだ」


視線は少し先の令嬢の集まりに向けられていた。色とりどりの華やかなドレスを着た令嬢たちが会話に花を咲かせている。


「そうでしたのね。異性が多く集まる場所にひとりだけいるのは確かに居づらいですわね」


先ほど自分も感じたことだけに、パールは表情を緩めて微笑んだ。


「あ……素敵な笑顔だね」


青年は胸に手を当てながら、少し照れたように言った。


「え?」

「僕はカイル・フェルディア。君の名前をお聞きしても?」

「私は、パール・オポザですわ」

「よろしく。……いきなり失礼かもしれないけれど、パール嬢は20歳くらい?僕と同じ年頃に見えたのだけど」

「いえ、23ですわ。若く見られたのは嬉しいですわね。カイル様は?」

「僕も23なんだ。なんか、親近感が一気に湧いたなあ」


カイルは、親しみのこもった笑顔を見せた。


「君はどうしてここに来ているの?やっぱり付き添い?」

「ええ。婚約者の舞踏会デビューに付き添ってきたんです」

「え、婚約者?ということは、相手は成人したばかり……」


パールは何度となくからかわれてきたよく知る反応に、うんざりした気分になった。


「年齢差があると言われたいのでしょう?」

「まあ、端的に言うとそうだ」


思った通りの返事に、パールが理由をつけてそこを離れようとした時、カイルが慌てたように言った。


「すまない。僕は思ったことをつい口に出してしまうから……だから、僕は女性に人気がないんだな」

「そんなことはないでしょう。あなたはスタイリッシュな方で人気があるように見えますわ。口には気をつけた方が良いでしょうけれど」

「怒らないでくれ。すまない。残念だと思ったんだ。その、初対面で言うことじゃないけれど……あなたはとても美しいから」

「褒めて頂いたのは嬉しいですけれど、相手を選んで言った方が宜しいですわ」

「そうかもしれないが、……婚約者ということは、君はまだ結婚していないよね。強引だと思われるかもしれないが、僕は君に運命を感じた」

「え、何を……」


今さっき会ったばかりのカイルが熱っぽい目で自分を見つめていてパールは戸惑った。


「私はそうは感じません」

「運命って突然のものだろう?お互いを知ったら答えも変わるのではないかな。ダンスを一緒に踊ろうよ」


カイルは踊ることが当たり前のようにパールに手を差し出した。


「それは無理ですわ」

「そう言わず。僕、騎士をしているんですが、職業上、そうやって逃げようとする人の心理はよく知っているつもりだ。人は大抵、余裕がない時に逃げる。……追われるのも悪くないですよ」


カイルが言いながら静かに微笑むと、パールは恐ろしくなって逃げ出したくなった。


「私、もう行きますわ」

「待って」

「追いかけて来ないで!」


カイルの手が伸びてきて、パールはその場から逃げ出し会場を駆けた。


――ワーズは学友たちと話が長くなっていることが気になっていた。


「ワーズ、何をキョロキョロしているんだよ」


ラアビがポケットに手を突っ込みながら尋ねた。


「つい話し込んでしまったからパールが気になっているんだ」

「ああ、お前の年上の婚約者か。7歳年上だったか?デビューしたばかりの令嬢じゃないんだ。少し放っておいても大丈夫だろ」

「あのなあ。年上だからといって放っておいていいわけじゃない。お前はそういう配慮ができないから、まだ婚約者が決まらないんだよ」

「あ!オレが気にしていることを言わなくてもいいだろ。セリーヌ、慰めてくれよ」


セリーヌと呼ばれた令嬢は、呆れたように見た。


「嫌よ。ワーズさんの言う通りじゃない」


彼女は、ラアビの従兄弟で同い年だと聞いている。


「あなたはお馬鹿さんとは違って、落ち着いているわね」


セリーヌは下から上までワーズをチェックするように眺めた。


「まあね」

「あなたは、見た目も美しいわ。婚約者がいるのが惜しいわね」

「はは。それはどうも。じゃあ、ボクはそろそろ行くよ」

「待って!」

「なんだろうか?」


ワーズは振り返りながら片眉を上げた。


「まだ、乾杯をしていないわ。ラアビ、乾杯しましょうよ」

「ああそうだな。乾杯しようぜ!」


ラアビは配膳係を呼ぶと、シャンパンを手に取り渡した。


「あ、ボクは……」

「どうしたんだ?」

「成人初の乾杯は婚約者としようと思っていたんだ」

「乾杯をか?ロマンチックだけど、そんなことにこだわっていたら友達を無くすぜ?」

「その点については私も同じだわ。せっかくなのだから乾杯しましょう」


ワーズは仕方なくグラスを手にすると、飲むふりだけすることにした。


(早くパールのところに行きたいんだけどな)


ワーズの思いとは別に、乾杯をみたほかの級友たちも寄ってきて、ラアビたちはシャンパンを盛んに飲みだした。


「あーあ、ラアビったら。……お馬鹿さんは放っておいてもう少し話しましょう」

「いや、もうボクは婚約者の元に行きたいんだ」

「今日は、成人の日を祝う舞踏会なのよ。私に嫌な記憶を残すつもり?」

「そういうわけじゃないけれど」

「じゃあ、そのシャンパンを飲むくらいまでの時間は私の話に付き合ってちょうだい」


ワーズはグラスに残るシャンパンを手で隠しつつ、仕方なくしばし会話に付き合うことにした。


「婚約者の方は7歳年上なのよね?」

「そうだよ」

「年齢が違うと話が合わないということはないの?」

「小さい頃からずっと一緒だから別に気にならないね」


へえ、とセリーヌが笑った。


「小さい頃からと言っても、あなたとは7歳違いなのでしょ?年の差分、人生の経験量は違うはず。彼女はきっとあなたに合わせてあげていることの方が多かったはずよ」


断定するように言われて、一瞬、ワーズは黙った。心当たりがあった。


幼い頃、鬼ごっごをやりたくて、パールやリードを無理やり巻き込んで遊んでいた。


「……小さい頃はともかく、今はもうそんなことはない」

「そうかしら?年齢が違えば体力だって価値観は変わるのではないかしら?」

「君は何が言いたい?」


ワーズが低い声を出すと、セリーヌはパッと申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい。怒らせたみたいね。でもね……私は、冷静に言ったまでよ。年齢差ってずっと変わることはないでしょう?だから、長い目で見たら同年代の方が気楽に過ごせるんじゃないかと考えたのよ」

「それはあくまで君の考えだ。ボクに押し付けないでくれ」

「私、主席で卒業したの。将来有望よ。冷静になって私とのことを考えてみない?」

「結構だ!人を侮辱するような女性は願い下げだよ」


ワーズは顔をしかめると踵を返した。


(飲み物コーナーにはいないぞ)


ワーズはいるはずのパールがそこにいなくて戸惑った。


その時、ふと男性と女性の会話が耳に入ってきた。黒の礼服を着た男性がワインを飲みながら、妹らしい令嬢と話していた。


「……運命を感じた女性だったのに逃げられてしまったよ」

「どうせ、お兄様のことだから急に熱烈に口説いたのでしょう?」

「そうだよ。悪いか?チャンスを逃したくなかったんだ。でも、悪いことをしたなあ。彼女、泣きそうな顔で走っていっちゃった」


男性の話す女性はパールではないかと、ワーズは直感的に思った。


(パール……!)


ワーズは人混みをかき分けながら、会場の隅々まで視線を走らせた。


バルコニー、控え室の前——どこにもパールの姿はない。


(パール……どこに行ったんだ)


胸の奥がざわついまま、急かされるようにパールを探して人々の間を縫った。


パールもまた、会場の柱の陰に身を寄せながらワーズを探し続けていた。


(ワーズ……どこにいるの?……今すぐ会いたいのに。怖いわ)


人々の笑い声や音楽が遠くに聞こえる中、心臓の音だけがやけに大きく響いている。


――広間の中央を横切るように歩いていたワーズが、ふと足を止めた。


(あのドレス……!)


柱の陰から見覚えのあるドレスの裾が揺れていた。


ワーズは、人波をすり抜けて走り寄り、柱の向こうを勢いよく覗き込んだ。


「……パール!やっと見つけた!」

「ワーズ……!」


ワーズが笑顔を綻ばせると、パールは涙を浮かべた。


「パール……涙が。怖い思いをさせたんだね」

「いえ、ちょっと……でも、ワーズを見たら一気に安心したわ」


涙を堪えて話すパールにワーズはたまらなくなって、抱きしめた。


「パールにすごく会いたかった。離れてごめん」

「謝らないで……もう、お友達との話はいいの?」

「すっかり済んだ。これからはボクたちが楽しむ時間しかないよ」


会場に流れる楽団の奏でる音楽が、ちょうど次の曲へと移り変わるタイミングだった。


ワーズが改めて手を差し出すと、パールは目を伏せて嬉しさを隠すように手を取った。


そのまま、ワーズはパールの腰に手を添えるとリードし、パールは彼の肩に手を置きながら、そっと合わせるように踊った。


「ボクたち、息がピッタリだね」

「そうね。それにしても……本当に背が伸びたわね。昔は私より小さかったのにね」


静かに微笑むとワーズがニヤリとした。


「人は成長するものだよ。知らなかった?」


そう言うと、ワーズはパールを抱き上げてクルリと回り、パールは小さく叫んだ。


「きゃあ」


仲良く舞う彼らの姿は自然と周りの目を引いた。


「ボクたち、注目されているみたいだ」

「あなたが目立つようなことをするからよ」

「それでいいんだよ。皆に“パールはボクの妻になる人なんだぞ”ってアピールしたんだからさ」


自信ありげに言うワーズを見て、パールはくすりと笑った。


「ワーズは私の王子様ね」

「パールはボクのお姫様だ。ずっと、ずっと好きだよ」


ワーズの甘い言葉にパールは赤くなった。


(……泣きそうな顔も、笑った顔も、全部ボクが守る。この先、どんなことがあっても、ボクはパールの隣にいる。ずっと。これは永遠に変わらない)


ワーズは心の中で誓った。


昔はただ一緒にいたくて追いかけていたけれど、今は、彼女の隣に立てるきちんとした大人の男になれた、という気がしている。


誰にも邪魔されない、2人きりの乾杯を——早く叶えたいと願うワーズだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました(♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

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