日常 その5
「くっそー」
「まだまだだな」
悔しがるフイゴを尻目に高らかと笑う。
勝負は俺の圧勝、フイゴが持っていたベーゴマは全て俺の腰のバッグに収まっている。
別にフイゴが弱いわけではない。道具、知識、経験、全てにおいて勝っているこの俺が強すぎるのだ。
「またベーゴマかい?」
勝ち誇る俺に巡回から戻ったマチオが声をかける。
「楽勝だ」
親指を立て最高の笑顔を向けると「大人気ないな」とマチオは苦笑した。
「それは違うぞ。男と男の真剣勝負に大人も子供もない。なあフイゴ」
「当たり前だ。自分の作ったベーゴマで兄ちゃんに勝つんだ。手加減されても嬉しくないよ」
フイゴは胸を張って答えた。負けるのは悔しい。勝ちたいが勝たせて欲しい訳ではない。そんなのはプライドが許さない。フイゴは子供だが立派なベーゴマファイターなのだ。
「ごめん。キミの誇りを汚すようなことを言ったね」
マチオに謝罪されたフイゴは「気にしてないよ」と少し気恥ずかしそうに言った。
相手が子供だろうと自分が悪いと思ったら素直に謝ることができる、これがマチオの凄いところだ。これでもマチオは貴族だ、貴族が平民に謝るなんて普通はあり得ない。
マチオ・マモール本当に良い奴だ。
「兄ちゃん、次はもっと強いの作ってくるからな」
「おう、いつ何時誰の挑戦でも受けるぞ」
「次は負けねーぞ」と帰っていくフイゴを手を振り見送った。
「勤務中に遊んでいると隊長に叱られるよ」
フイゴが帰り静かになった詰所の前で、マチオは俺を窘めた。
「大丈夫だマチオ。隊長は今日、事務仕事で館に缶詰だ」
隊長、つまり俺の上官は、この村の代官兼警備隊の隊長だ。その代官の仕事で今日は館に缶詰でここに来る暇など無いはずだ。
「ふっふっふ、ちゃんと調査済みだ。だから遅刻しても焦ってなかっただろ。今日は一日遊んでいたってバレないぜ」
踊りながら声高らかにそう言った。俺を縛るものは何もない、今日の俺は自由だ。その開放感に自然と体が動いていた。
「ほう、そうか」
その声に体が凍りつく。聞き覚えのある、いや、聞こえるはずの無い声。
(そんなはずない、そんなはずない、そんなはずない、そんなはずない……)
俺は声のした方を恐る恐る振り返った。
「た、たいちょー!!!」
金色の髪に瑠璃色の瞳、鍛えられた引き締まった体の中にある、柔らかそうな双丘が女性であることを告げている。
彼女の名はジャンヌ・オニール。この町の代官にして警備隊の隊長だ。
『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』がピッタリの佇まいをしているが、騙されてはいけない。美しいのは外見だけ、本性は『部下に厳しく指導は地獄、シゴく姿は鬼の顔』といったサディストだ。
まるで俺をいたぶることが生き甲斐であるかのように、事あるごとに俺をシゴきたがるのだ。
「今日は事務仕事では……」
「もう済ませた」
ジャンヌのスペックは俺の予想を遙かに超えていた。
「そんなに急がなくても、働き過ぎは体に良くないですよ」
「サボりすぎる不真面目な部下がいるかもしれないからな」
「隊長の部下にそんな奴はいませんよ……」
俺は引きつった笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「そうか?」
「そうですとも」
「……」
暑くないのに全身から汗が流れる。
「遅刻とはいい身分だな」
微笑んではいるが目が笑っていない。
(ヤバい、これはヤバい。なんとか誤魔化さなくては殺される……)
「き、昨日、遅くまで見回りをしていて、その、寝坊して」
さっきの会話を聞かれている以上、遅刻を誤魔化すのは不可能だ。遅刻を認めつつも、さりげなく遅くまで仕事をしていたことを伝える。完璧だ、完璧すぎる作戦だ。孔明すら欺く策士、モーブ・キャラダ。
「見回りか?」
「はい」
こういう時こそ堂々としておかなければならない。それに嘘ではない俺は遅くまで酒場の見回りをやっていたのだ。
そんな俺に疑いの視線を向けてくるジャンヌ。可愛い部下を信じられんとは、なんと料簡の狭い人間なのか。これでは部下が可哀想だ。
だが、俺は諦めない。諦めなければ可能性は0ではない。諦めなければ信じてもらえるはずだ。
「それは変だな。酔いつぶれて酒場の外で寝ていたとの目撃情報があるのだが」
その瞬間、可能性は0となった。
「で、でも少し、少し遅れただけです! そうだよなあマチオ!」
捨て犬のような縋る目をしてマチオを見る。
「本当か? マチオ」
隊長がマチオに振り返った。
「え、ええ」
マチオは目を泳がせながらそう答えた。正直者のマチオにとっては精一杯の行為だったのだろう。
だがマチオよ、それじゃあ嘘ってのがバレバレだ。
「今日は体調がすぐれないので早退します」
俺は「お疲れ様」と挨拶をし矢継ぎ早に踵を返した。
「待て!」
背後から肩を掴まれ、俺の逃走は阻まれた。
「体調がすぐれないだと?」
「はい……」
肩を掴む手に力が籠る。
「遊ぶほど元気が有り余っているのにか?」
隊長の静かな怒りに、ミシミシと肩が悲鳴を上げる。
「イタタタ――。肩はやめてー、夢の170キロがー、来年のドラフトがー」
「何、わけのわからんことを言っている。これから特訓だ、その元気があれば大丈夫だな」
「いやだー!!!」
抵抗敵わず、後襟を掴まれ引きずられていく俺を、売られて行く仔牛を見るような憐れんだ目でマチオは見ていた。




