日常 その3
「兄ちゃんいるか!」
詰所のドアが勢いよく開くのと同時に元気な声が響く。
傷心と二日酔いで机に突っ伏していた俺は、顔だけをドアの方に向ける。
「なんだ。フイゴか」
この元気な少年はフイゴといい、ちょくちょく勤労な俺の邪魔をしにやってくる鍛冶屋の息子だ。
「兄ちゃん、遊ぼうぜ」
「そんな気分じゃない。ガキは帰れ」
突っ伏したまま手で追い払う仕草で帰れと促す。
「暇そうじゃん。遊ぼうぜ」
傷心の俺を労ることなく自分の欲求をぶつけてくる。まったく、これだから初恋もまだの性に目覚めてないガキは困る。
相手にしない俺にフイゴは「遊べ遊べ」と子供らしく駄々をこねる。
子供を導くのも大人の務めだ。フイゴに世間の厳しさを教えるべく俺は無視を貫く。何事も我慢が必要だ、相手のことを考え我慢をしてこそ、お互い気持ちいい関係が築けるというもの。独り善がりではだめなのだ。
「フイゴ!」
聞き覚えのある声に俺の体は反応し姿勢を正し立ち上がった。
「姉ちゃん」
やってきたのはフイゴの姉のハグチだ。昼は家を手伝い、夜は酒場で働いている働き者の笑顔が可愛い鍛冶屋と酒場の看板娘だ。
俺は直感した。ハグチは俺に会いに来たのだ。
昨夜、女ハンターと飲んでいる俺を見たハグチはやきもちを妬き、居ても立ってもいられなかったのだろう。
「七法全書 嫉妬の法 釣られた魚になるな! 不安も撒き餌だ、こちらが釣り上げろ」が功を奏したのだ。
「フイゴがいつもすみません」
素直に「俺に会いに来た」と言うのはさすがに恥ずかしいのか、申し訳なさそうに頭を下げるハグチに、ばつが悪そうな顔をしながらもフイゴは口を開いた。
「暇そうだったから、遊んでやろうと思ったんだよ」
「フイゴ!」
いつも見せる優しい笑顔とは違いフイゴを叱るその顔は、姉の顔だ。
「まあまあ、フイゴも悪気があったわけじゃないし」
ハグチの心中を察している俺は笑顔で頷いた。
「でも弟が迷惑を」
ハグチは申し訳なさそうな顔で俺を見つめた。
「迷惑だなんてとんでもない。ハージマリに住む人たちの役に立つのが俺たちの仕事です。俺のことを兄のように慕ってくれるのは嬉しいし、俺もフイゴのことを本当の義弟のように思っています。いや本当にそうなりましょう」
「はあ……」
俺の清廉さに高感度が上昇したのか呆然とするハグチ。
今の言葉はハグチのハートを貫いたに違いない。モーブ・キャラダ罪な男だぜ。
俺はハグチの手を掴むとそのままハグチを見つめた。
「ガキは帰れって言ってたぞ」
空気の読めないフイゴが俺とハグチの間に割り込んできたばかりか、とんでもないことを口走る。
「な、何を言っているのかなフイゴくん。お兄さんはそんなこと言ってないぞ。さあ一緒に遊ぼうか」
全くこのガキは油断も隙もない。これでハグチの心証が悪くなったらどうするというのだ。
「迷惑では?」
「やりぃ」とガッツポーズをするフイゴとは対照的に申し訳なさそうしているハグチの手を再び取った。
「ハージマリの人たちに喜んでもらうのが俺の歓びですから」
完璧だ。これで惚れない女はいないだろう。ここは一気にいくしかない。『七法全書 色欲の法 躊躇うな、追い起てろ。性は急げ!』だ。
「今から俺の部屋で――」
「早く遊ぼーぜ!」
俺の桃色の世界はフイゴによって破壊された。本当に空気が読めない子供だ。俺が馬だったら蹴り殺されてるだろう。
だが、ここでフイゴを蔑ろにするとハグチの心証を悪くする。
「……。わかった、わかった」
悩んだあげくフイゴと遊んでやることにした。
チャンスを逃したのは残念だが、今はフイゴの相手をするのが得策だ。好感度を上げるのは時間がかかるが、下がるのは一瞬だ。『種を蒔き、水をやり、花が咲き、そして種を飛ばす』途中で枯らすわけにはいかない。策士モーブに抜かりはないのだ。
家の手伝いがあるハグチは「モーブさんに迷惑かけちゃだめよ」と念を押し、俺に頭を下げ詰め所から出て行った。
忙しい中、短い時間でも俺に会いたかったのだろう。そうに違いない。七法全書の効果が出てきているのだ。
『モテ期が来る』
そんな予感がした。




