日常 その1
そんな大神犬彦だった頃の記憶を思い出したのは4年前のことだ。
俺はもっと早く記憶を思い出せなかったことを後悔している。
生まれたときから覚えていれば、幼気な子供を装い、お姉ちゃんに甘えながらあんなことやこんなことができたのに。湯浴みの光景を脳裏に焼き付け永久保存したのに……。
神が言った通り、俺は前世とは違うこの世界に『モーブ・キャラダ(21)』として転生した。
記憶を思い出すまでは当たり前の事で何とも思わなかったが、この世界には魔物がいるし、特殊な力だって存在する。まさに異世界だ。
偶然が重なり、オソワレール王国の兵士となった俺は、現在ハージマリという町に派兵されている。
国に仕える兵士、前世での念願叶い公務員となった。……って、
んなことあるかー!
危険の無い安定した職に就きたかったのに、俺のバカ、なぜ俺は断らなかったんだ。厳しい現実に、あの時期待したこと後悔していた。
それに、兵士といっても俺は強くない。兵士を目指し訓練をしていたわけじゃないので当然だ。
股間のロングソードなら毎日のように握っていたが、それ以外の剣は握ったことすらなかった。
兵士になってから厳しい訓練に耐えているが、全然強くなっている気がしない。
そもそも訓練の内容が最悪だ。「実践に勝る訓練なし」と技術的なことは一切教えず、木剣での手合わせだ。当然俺はボコボコにされる。
上官にとって俺はストレス解消のサンドバッグなのだ。
体中痣だらけで前世だったらパワハラで訴えているところだが、これが罷り通るのがこの世界だ。そりゃ、ポーションをくれたり、優しい所も……! って、騙されてはいかん! あの鬼はおもちゃが壊れないようにしているだけだ。それに傷が回復したら訓練を再開し、体力が無くなるまで終わらない。
同僚は「入隊した頃より強くなっている」と言ってくれてはいるが、たまに手合わせすると力の差が開いているように感じ、逆に弱くなっているんじゃないかとさえ思う。
仮に同僚の言う通り強くなっているとしても、元々が一般人以下の俺だ。ゲームで例えるなら、レベル0どころかマイナスからのスタートだ。せいぜいレベル2、3。よくても5程度で、一般人よりはマシといったところだろう。
そんな折、上官がハージマリの代官を拝命したため、この苦行からも解放されると思っていた矢先、なんということか、俺にも同行するよう命が下った。
その日の晩は、ロングソードの手入れも忘れ、枕を濡らした。
ハージマリは、王都オソワレから馬車で半日、歩けば一日くらいに位置している小さな町だ。
しかし、近くの森には魔物が棲んでおり、それを狩るハンターたちが滞在することもあるため、宿屋、雑貨屋など一通りの店はそろっている。
人が行き来すればそれなりにトラブルも発生する。ましてや相手は荒くれ者のハンターだ。それらを解決してハージマリを守るのが俺の仕事だ。
希に畑の作物を狙い魔物が現れることもあるが、それらの退治も俺たちの仕事だ。
幸い、この町の周辺に住む魔物は弱く、俺でもなんとかできるレベルだ。もっとも一緒に命を受けた頼りになる同僚のおかげで、俺の活躍を見せることは殆どない。
「ふぉ~っす」
詰所のドアを開け、大きな欠伸をしながら中にいた同僚に挨拶をする。
「おはよう、モーブ。昨夜は遅かったのかい?」
「ああ、ちょっと飲み過ぎてな、頭が痛い」
完全に遅刻してきた俺に嫌な顔一つすることなく、「ほどほどにしなよ」と苦笑しながらも心配してくれる爽やかイケメン。彼の名は『マチオ・マモール』俺の同僚であり親友だ。
この職に就いた時からの付き合いになるので、かれこれ2年くらいの付き合いだ。
顔も性格も良い男で、職場に馴染めなかった俺に気さくに話しかけてくれた良い奴だ。もっとも当時は、俺よりちょ~っとばかし顔が良く、街を歩けば女が寄ってくるマチオのことを気に入らなかったが、『七法全書 強欲の法 オマエのものはオレのもの。お零れでもいい、とにかく欲しろ』を思いだし、一緒に行動するようになった俺たちは気付けば親友となっていた。
ただ、考えていたようなお零れにあずかることは未だにない。
『七法全書 暴食の法 食べれるときにあるだけ食べろ』とあるが、それをマチオが実践しているわけではない。女性の誘いを上手く躱し、プライベートで会ったりすることはないマチオは、女性とそんな関係にならないのだ。
『七法全書』を穴が開くほど読み返した『デキる』俺とは違い『デキない』男なのだ。
「ふう~」
テーブルにある水差しを掴みコップに注ぐと、それを一気に飲み干し椅子に腰を下ろしながら空になったコップをテーブルに置き、大きく息を吐いた。
「まったく、いつまで飲んでいたのさ」
「オソワレから来たお姉ちゃんと意気投合してな、酔いつぶれて気付いたら酒場の外で寝ていた」
これにはさすがのマチオも呆れたような視線を向ける。
「また隊長に叱られるよ」
隊長は真面目が服を着て歩いているような人間だ。同じ真面目でもマチオとは違い、良く言えば厳しい、俺から言わせてもらえば人の心が無い俺の天敵だ。
「頼む! 黙っといてくれ」
手を合わせ拝む俺にマチオは「あはは」と乾いた笑いを返した。




