日常 その22
「子犬か」
声の主は子犬だった。
銀色の毛をした子犬の後ろ脚はトラバサミに挟まれており血が流れている。
近くに親の姿はなく、助けを求め鳴いていたのだろう。
「トラバサミなんぞ仕掛けよって」
アテルノが怒りを滲ませる。
この草原でのトラバサミ設置は認められていない。
前にも述べたが、ここには薬草が自生しており、魔物との遭遇率も低く採取に来る一般人もいる。そんな場所でトラバサミを設置すれば獣ではなく人が罠にかかりかねないからだ。
「かわいそうに」
俺が近寄ると子犬は一丁前に小さな牙を剥き威嚇する。
「助けてやるから、警戒する――!!」
トラバサミを外そうと、伸ばした手に子犬は牙を立てる。
甘噛みというわけではないようで痛みを感じたが、俺は構わずトラバサミを外した。
トラバサミから解放された子犬は立ち上がろうとするも、怪我のせいで立ちあがることができなかった。
「ちょっと待ってろ」
俺は腰のバッグを漁りガラスの小瓶を取り出した。
フタを開け、中の液体を傷口にかける。
子犬は一瞬警戒するもすぐに大人しくなった。
俺に悪意がないと感じたのだろう、賢い犬だ。
「もう痛くないだろう?」
痛みがなくなり立ちあがった犬は、不思議そうに後ろ足と俺を交互に見た。
子犬の傷にかけた液体の正体は、ポーションだ。飲んだ方が全身にいきわたるので効率が良いが、怪我が限定的ならかけても問題はない。
低品質のポーションではあるが、それでも俺からしたら安いものではない。
そんな貴重なものを使ったのだ、子犬には十分感謝してもらわなければならない。
「次は自分の分だな」
傷口を見ると、牙はは意外と深く刺さっていたようで噛み跡からは血が溢れ出ていた。
俺はバッグから傷薬と水袋を取り出し、水袋の栓を咥えて引き抜くと左手の傷口にかける。傷の周りを圧迫し、血を絞り出しながら傷口を洗うと、傷薬を塗布した患部を布で巻く。
子犬にはポーションを使ったが、このくらいの傷なら傷薬で十分だ。
「ん?」
「ウォン、ウォン」と甘えた鳴き声で足元に纏わりつきながら金色の瞳で俺を見つめる子犬。どうやら懐かれてしまったようだ。
「どうするんだ?」
そう訊いたアテルノは、なぜか難しい顔をしてた。
子犬が一匹で生きていくのは厳しいだろう。
賢いうえに懐いている。なにより子犬は女ウケけがいい。
「連れて帰るか」
前世でも警察犬や軍用犬なんて犬もいた。訓練すれば役に立つと言えばジャンヌも説得できるだろう。
「どうかしたのか?」
俺の言葉に眉をひそめたアテルノに訊くと、アテルノの口から思いがけない言葉が飛び出した。
「それ、魔物だぞ」
「え!?」
思わず子犬に目をやる、嬉しそうに尻尾を振り、つぶらな瞳で俺を見つめている。この可愛い生物が魔物だって?
こんなに人懐っこい生物が人に害をなすとは思えない。
「飼えるかな」
「飼うのか?」
俺の呟きを聞いたアテルノは驚いたように聞き返した。
魔物は「飼う」より「狩る」ものだ。
肉は食料、皮や牙などは武具の、魔石はマジックアイテムの材料となる魔物は飼うより狩ったほうが金になる。
「魔物使いになりたいのか?」
魔物使いはその名の通り魔物を使う者のことだ。彼らは魔物を小さいころから育て訓練を重ね従魔とする。社会性のあるウルフ種は従魔に向いていると言われている。
「いや……」
そう呟いた俺は前世の記憶を思い出していた。




