日常 その20
「よいよっと」
ベンチに木箱を置くとマリアは俺の隣に腰を下ろした。
(こ、これは!)
俺は直感した。
普通なら木箱を間に置くはずだ。だというのに、マリアは俺の隣に座った。
それが指し示すものは一つ!
マリアは俺を誘っている!
そうだ! そうに違いない!
そういうことなら話は別だ。女性に恥をかかせるは男の恥、TPOなどクソくらえだ。
俺は目を閉じ、口を突き出しながら、両手を広げマリアに抱きついた。
(あれ?)
両手が空を切る。不思議に思い目を開けると、そこにマリアの体はなかった。
マリアは隣に置いた木箱から薬を取ろうと身を屈めていた。
「モーブちゃん?」
木箱から小瓶を取ったマリアが振り返り不思議そうに俺を見る。
「座っていてもすぐに対応する訓練をしてたんだ……」
頭を掻きながらそう言った。
自分でも何を言っているのかわからない苦しい言い訳だったが、疑うことなく「熱心だね」と感心しながら俺を見るマリアの目をまっすぐ見れなかった。
「はい傷薬」
傷薬を受け取り、代金を払うと笑顔で「ありがとう」とお礼を言われた。
マリアの売る傷薬は道具屋で買うよりも少しばかり割高だ。
だが、俺は敢えてマリアから傷薬を買っている。道具屋のオヤジも悪い人ではないがオッサンから買うより綺麗なお姉さんから買う方が断然よい。
この笑顔の代金と思えば安いものだ。
とはいえ普通は教会で傷薬など売っていない。
教会で売っているのはポーションや聖水など魔法薬と呼ばれるもので、その作り方は教会しか知らない専売品だ。
だが、ここには傷薬も売っている。
それは何故か?
答えは、マリアが薬を作っているからだ。
マリアは教会の庭で薬草を育て、薬をつくっている。
つまり、この傷薬マリアのお手製なのだ。
マリアの両親は薬師で幼い頃より、両親を手伝っていたマリアは簡単な薬なら自分で作れるのだ。
美女の手作りなんて、それだけで価値があるというものだ。
それにマリアが作る傷薬は他のより治りが早い気がする。
「そうだ、モーブちゃんにぴったりのものがあるわ」
思い出したというように胸の前で手を合わせると、木箱から袋を取り出した。
「これは?」
「ちょっと苦いけど、煎じて飲めば二日酔もバッチリ醒めるわよ」
「えっ?」
「この前、飲み過ぎて外で寝ていたのでしょう」
先日の一件をマリアも知っているようだ。
「ジャンヌちゃんも心配していたわよ」
「……」
怒っていた、の間違いだろうと思ったが、優しいマリアには心配しているように見えたのであろう。
「必要でしょう?」
俺の腕に抱きつき甘い声で商品を勧めてくるマリア。
「そ、そうだな、貰おうかな」
その甘い声に、腕に感じる柔らかな感触に、財布の紐が緩む。
「モーブちゃん、ありがとう」
傷薬を買いに来ただけなのだが、ここにくるといつも他の物まで買ってしまう。
マリアの営業力に俺は抗えないのだ。
「そういえば、ジャンヌちゃんってよくポーションを買いに来るけど、大丈夫?」
マリアは心配するようにそう言った。
ポーションが必要な状況というのは、当然ながら負傷した時だ。
それを頻繁に買いに来るのは、そういう事態が起こっているということだ。
マリアは、ハージマリノ警備隊長でもあるジャンヌが任務で負傷しているのではないかと心配していたのだ。
「大丈夫、あれ使ってるの隊長じゃないから」
「えっ?」
困惑するマリアにポーションを使っているのは俺であることを説明した。
「モーブちゃんも大変ね」
マリアが心配してくれるのは嬉しかったが、男としてのプライドが顔を覗かせる。
「大丈夫、手加減してるし(隊長が)、敢えてそうやってるんだ(どうすることもできないんだ)」
「そうなの?」
「訓練とはいえ、女性に攻撃するのはね(攻撃する余裕なんてないし)」
「そうだとしても、ポーションが必要なくらい傷つくのは、やめたほうがいいわ」
マリアは本当に心配しているようだった。
「大丈夫。本当は全然平気なんだけど、隊長が大げさで。俺タフガイだから」
マリアを安心させようと力こぶを作り、笑顔で言った。
「ほう」
背後から聞こえたその声に戦慄を覚えた。
氷のような冷たい汗が流れる。
振り返っては駄目だと本能が警告する。
だが、このまま無視すれば事態はさらに悪化するだろう。
俺はベンチに座ったまま恐る恐る振り返った。
「た、たいちょう……」
「ジャンヌちゃん」
俺の震える声とマリアの明るい声が重なる。
「よう、マリア」
軽く手を上げてマリアに挨拶をする。
「それと、モーブ」
さっきよりトーンを落とした声で俺の名を呼ぶ。
「今日はどうしたの?」
「なに、ポーションのストックが少なくなったのでな、だが必要ないようだ」
そう言ってジャンヌは俺に視線を向けた。
「ひっ!」
蛇に睨まれた蛙。その目を見て俺は固まった。
「全然平気らしいからな!」
「うげっ!」
俺は後ろ襟を掴まれ強引にベンチから引き下ろされた。
「今日は手加減無しでいこう。お互いにな」
ジャンヌは妖しく微笑むと、俺の襟を掴んだまま歩き出す。
「いやだー!!!」
引きずられながら教会を出て行く俺に「次は湿布をよういしておくわね」とマリアは手を振り見送っていた。
余談だが、ボロボロになった俺に、ジャンヌはちゃんとポーションを使ってくれたのであった。
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