日常 その17
「いくぞ!」
「まあ、待て」
棍棒を構え、今にも飛びかからんとするガマ勇者を宥める。
「町中で仕掛けるなんて野蛮人のすることだ、勇者のすることじゃない。女性に見せるものでもな、だろ? 勇者様」
「そ、そうだな」
「町の外で決着をつけよう」
「いいぞ」
(よし!)
思惑通りハージマリの外に誘導することに成功した俺は心の中でガッツポーズをする。
窮鼠猫を噛むという諺もある。相手は腐っても勇者だ。可能性は低いが、怒りで何らかの力が覚醒するかもしれない。
俺は確実に勝利するためにもハージマリの外へ、広い場所へ行きたかった。
それに運が良ければ俺が戦う必要すらなくなるはずだ。
「もういいだろ!」
黙々と歩く俺に痺れを切らしたガマ勇者が凄んだ声で言った。
(仕方ないか)
俺は足を止めガマ勇者に向き直った。
西に小高い丘がある以外は草原が広がっている。
歩いている間に少しは冷静になったのだろう。ガマ勇者は身を竦め不安げに周りをキョロキョロ見ていた。
「心配するな。ここに魔物は出ないぞ」
「お、俺様は勇者だ。怖くなんてない!」
先程同様、恐怖をかき消さんとするその大きな声、虚勢を張っているのは明らかだった。
「素直に罪を認め謝罪する気はないか? そしたら許してやるぞ」
最後のチャンスだと言わんばかりにガマ勇者に問う。まあ、俺が許してもジャンヌが許すかどうかは俺が預かりしらるところなのだが。
「俺様は勇者だ! そんな真似できるか!」
棍棒を構えるガマ勇者。
勇者のメンツに拘るガマ勇者に俺の言葉は逆効果だった。この男、プライドだけは貴族級だ。それもクズ貴族、俺はスネカジオを思い出した。
「じゃあ、やるか」
そう言うと、俺は踵を返し一目散に走った。
「逃げるなー!」
突然の逃走に一瞬唖然とするガマ勇者だったが、すぐに俺を追いかけてきた。
だが、見た目通り足は遅く、俺との距離は広がっていく。
俺は進路を丘の方に変え、そのまま駆け上がった。
(もういいかな)
丘の上に着き振り返ると、「ぜぇぜぇ」と息を切らしながら、覚束ない足取りで丘を登ってくるガマ勇者の姿があった。
その姿を見て口角が上がる。
俺はゆっくりと腰のバッグからベーゴマと紐を取り出す。
紐の中央は幅が広くなっており、そこにベーゴマを包み振り回した。
「くらえ!」
紐の片方を離すと、ベーゴマが勢いよく勇者に向かって飛んでいく。
「あがっ」
見事ベーゴマはガマ勇者の顔面にヒットし、ガマ勇者はその場に倒れ動かなくなった。
『スリング』これが俺の武器だ。剣は駄目だが投石の精度ならマチオにも負けないと自負している。
「どうしたものかな」
白目を剥いて倒れている勇者を見下ろしながら呟く。
このまま捕えてもいいが、ただの不法侵入ではそこまで重い罰は期待できないし、それくらいでこいつが改心するとも思えない。
それに、腐っても勇者だ、今は弱くても経験を積めば強くなるだろう。復讐でもされたら厄介だ。
俺の事をNPCと呼ぶような奴だ、おそらくこの世界をゲームか何かと勘違いしているのだろう。
こういった奴は危険だ。善人だろうと悪人だろうと気に入らない奴は殺す。酷くなると面白がって殺したりもする。自由度の高いゲームでNPCを面白がって攻撃するのと同じだ。ゲーム感覚で罪悪感がないのだ。
だが、世界はゲームではなく、人々はこの世界で生きている。
例外なのは……。
「殺るか」
俺は腰に携えた剣を抜くと、迷うことなくガマ勇者の胸に突き刺した。
肉や骨を貫く独特の感触が手に伝わり、ガマ勇者の体がビクンと撥ねる。
だがすぐにガマ勇者の体から力が抜け、人形のようになる。
ガマ勇者は絶命した。
すると、ガマ勇者の体が光に包まれ、ガマ勇者は消えた。
そう、例外なのは勇者だ。
勇者は死んでも死体は残らない。光に包まれ消えるのだ。
俺は、勇者は死んだのではなく召喚されたときの逆、つまり元の世界に還ったと考えている。
理由は目の前にある。
そこには金色のオールインワンを始めとしたガマ勇者が身に着けていたものが残っていた。
勇者は死ねばこの世界から消える。
だが、消えないものがある。
それはこの世界で作られたものだ。
だから俺は、勇者は元の世界に戻っただけだと考えている。
ちなみに、あちらの世界のものは、手にしてなくても、勇者と一緒に消える。
勇者の世界のものをこちらの世界に残せないし、逆もまた然りなのだ。
もっとも確かめる術などないのだが。
「ふぅ」
大きく息を吐くと心の中で願う。
ガマ勇者が元の世界のパンツを穿いていることを。




