日常 その12
「勝者モーブ・キャラダ」
(え!?)
ジャンヌが俺の勝利を告げると、笑いに包まれていた訓練所は静まり返り、重苦しい空気に包まれた。
誰もが望まぬ結果だった。
相手がスネカジオではなければ、迷勝負として語り継がれていたことだろう。
見応えのある攻防など一切無く、スネカジオは剣を振り回しスタミナ切れ、俺は俺で足を滑らせ地面を攻撃しただけだ。
こんな戦いでは、「良い勝負だった」と互いの健闘を称え、笑顔で握手を交わす展開にははまずならないだろう。
内容はどうあれ、結果は俺の勝ちでスネカジオは負けた。
結果を知ったスネカジオは激怒するだろう。
後は取り巻きに期待するしかない。
攻めていたのはスネカジオで運が悪かっただけだと、アクシデントが無かったら勝っていたと、そのアクシデントさえスネカジオの攻撃が凄くて俺の剣が折れたのだと。
だが、スネカジオの性格を考えれば宥めるのは難しいだろう。
問題は負け方だ。
股間を押さえ気絶したなんて、プライドの塊であるスネカジオの怒りが早々おさまるとは思えなかった。
翌日
案の定クズデス公爵から圧力がかかり、ジャンヌは騎士団本部に呼び出された。
そこでジャンヌは代官兼警備隊長としてハージマリに赴任するよう命じられる。
代官とは王家や領主に代わり、その集落を治める要職で、都市はもちろん、それなりの大きな集落には代官がおり町と呼ばれる。代官がいない小さな集落は村と呼ばれ集落の代表者が村をまとめている。
代官と言えば聞こえはいいがこれは左遷だ。ジャンヌは体よく騎士団から追放されたのだ。
ハージマリは今まで代官の存在しなかった小さな村だ。そんなところに今更代官なんて必要があるとは思えない。
ハージマリは王都まで馬車で半日と近いが、村に来るのはハンターくらいだ。近くに魔物の棲む森があり、討伐などの依頼を受けたハンターが一時的な拠点とするためハージマリを訪れるのだ。
お偉方の説明ではハージマリの近くにあるテス塔は、国にとって重要であるため、その警備も兼ねて武芸に優れたジャンヌに代官に任命したと、もっともらしい理由をつけていたが、そんな重要な塔なら、なぜこれまで放置されていたのか?
確かにテス塔は重要な塔だが資格を満たす者以外入ることはできずないので占拠されることはない。
森に近いため付近に魔物も出るが、弱い魔物ばかりだ。
つまり、目障りなジャンヌを排除するため適当な理由をつけたとしか言い様がない。
これまでも有力な貴族だろうと忖度しないジャンヌの指導は上層部からも煙たがられていたが、今回のスネカジオの件が決定打となったのだ。
ジャンヌの推薦で入った平民の俺がそのまま騎士団に残るなど許されるはずもなく、このままクビになると思っていた。
貴族の中に平民が一人、楽しい職場かと問われればそうではない。今からまた職探しとなり今後の生活に不安を覚える自分と、これで嫌な思いをすることはないと思う自分がいた。それに何よりあの『かわいがり』から解放されるのだと……。
しかし、どういう訳か俺がクビを言い渡されることはなかった。なんと、ジャンヌについて行くよう命が下ったのだ。
上層部の決定に逆らうことなどできるはずなどない俺は、同じく命が下ったマチオと三人でハージマリに来たのだった。
ハージマリでも俺は相変わらずジャンヌの『かわいがり』をうける日々を送っている。
「体中がいてえ」
昨日ジャンヌにしごかれまくった俺は、体中に痛みを感じていた。
「まったく、陸の上だからって調子に乗りやがって」
「モーブは海上戦が得意なの?」
初めて聞いたと言わんばかりの驚きの表情でマチオは訊いてきた。
「いや、やったことすらないぞ」
海上、つまり船の上での戦闘だ。船が揺れるため陸の上とは勝手が違うとも聞くが、そもそも俺は船に乗ったことすらないのだ、海上戦が得意なんてあろうはずもない。
そんな俺の返事にマチオは困惑した表情を浮かべていた。
「ベッドの上なら得意だぜ」
爽やかな笑顔でマチオにサムズアップをする。
陸の上でも、海の上でもない。俺の戦場はベッドの上だ。
残念ながら実戦経験はないが、毎晩のようにイメージトレーニングはおこなっている。
訓練の数なら誰にも負けないと自負している俺が実戦で上手くやれないはずはない。
「ヘッヘッヘ。隊長の足腰を立たなくしてやるぜ」
妄想してニヤける俺を可哀想なものを見るような目でマチオは見ていた。
「ほう、」
!!!
背後から聞こえた声に、機械仕掛けの人形のような動きで振り返る。
「た、たいちょう!!」
身が縮む。
寿命が縮む。
ムスコが縮む。
そこには仁王立ちした鬼がいた。
「元気が有り余っているようだな?」
「い、いえ、今なくなりました」
蛇に睨まれた蛙のように身じろぐことができず、背中に冷たい汗が流れる。
「足腰立たなくするのだろう?」
「いえ、今はボクが起てません」
俺はムスコともども完全に戦意を失っていた。
「み、見回りにでも行こうかな」
早くこの場から去りたい俺は、ジャンヌの横をすり抜けドアに向う。
「そう遠慮するな」
「いやだー」
今日もまた、後襟を掴まれた俺はジャンヌに引きずられ訓練場に連れていかれたのだった。




