日常 その7
「イヤだ―! 空きがないから地獄なんて絶対にイヤだー!」
「はっ?」
気が付くと俺はベッドに寝かされていた。
首だけ動かし周囲を確認すると見覚えのない部屋だった。
「夢か」
先程の夢を思い出す。
下心丸出しで犬をつかまえようとして転倒し死んだ夢、それも股間にテントを張ったままという恥ずかしいおまけつきだ。
夢?
いや違う。
あれは実際にあった出来事。口の悪い神とのやりとりも実際に体験したことだ。
そう、モーブ・キャラダとして生を受ける前に……。
神は言っていた。「記憶を覚えている可能性がある」と。
あの夢は大神犬彦だった前世の記憶だ。
「どうかしたのか?」
部屋の扉が開き、心配するような声が部屋に響いた。おそらく俺の寝言を聞き、何かあったと思ったのだろう。俺は、反射的に声のした方に顔を向けた。
「ここは天国ですか?」
思わず口から言葉が漏れる。女神が、先程の女神がそこにいたのだ。
見惚れて反応のない俺に、状況がわからず混乱していると思ったのか女神は状況を説明してくれた。
ここは病院で暴漢に脇腹を刺された俺はそのまま気を失いここに運び込まれたのだそうだ。
「痛っ」
体を起こそうとすると脇腹に痛みが走り、思わず顔を歪める。
「無理はするな。一時は危なかったんだ」
脇腹の傷は思ったよりも深く、運び込まれた当初は死の淵を彷徨っており、もう少し遅れていたら危なかったそうだ。
「それでか」
俺は一人納得して呟く。死にかけたことで前世の記憶を思い出したのだろう。
記憶が戻ったといっても、モーブ・キャラダの人格が無くなったわけではない。
モーブも犬彦も同じ魂をもつ俺なのだ。世界は違えど、性格や思考にさしたる違いは無く、単純にモーブ・キャラダに大神犬彦の知識が加わったと言ったところだ。
「貴殿の名を訊かせて貰ってもいいか?」
女性の方から名前を訊いてくるなんて、まさか! これが逆ナンというやつか? 体を張った(結果的に)から、体が返ってくるのか? 因果応報? なんか違う気もするが、今はそんなことどうでもいい。
「私はモーブ・キャラダ、ウマレタ出身で今はフリーの17歳です」
「今は」ではなく前世も含めて「今まで」なのだが、そこは少し見栄を張る。
「ジャンヌ・オニールだ」
微笑みなが差し出された手を握りながら(このままベッドに)とも思ったが脇腹の痛みで力が入らず泣く泣く諦めることにした。
「モーブ、貴殿には助けられたな」
ここがチャンスと踏んだ俺は自己アピールを試みる。
「貴女に襲い掛かる悪漢を見て、考えるよりも先に体が動きました」
「怖くはなかったのか?」
「全く。あんな凶悪な犯罪、見て見ぬふりなんてできません」
「正義感が強いのだな」
「男として当然です」
きまった。これで俺の好感度は爆上がりだろう。
だが、平民の俺が貴族街に足を踏み入れるのは難しい、絶対にこのチャンスを逃してはならない。
会話を弾ませながら次の約束を取り付けるのだ。
「それにしても貴殿はなぜあそこに?」
俺は正直に仕事を探していたが尽く落ちてしまい、ショックで呆然と歩いていたら気付けばあそこにいた事を話した。
「なるほど……」
俺の話を聞いたジャンヌは少し考えた後俺に言った。
「モーブ、私と一緒に働く気はないか? 大変だが寝食付きだ」
次の約束どころか同じ職場とは毎日でも会えるということだ。
働くのは嫌いだがジャンヌと一緒なら天国のような職場になるだろう。
その後もジャンヌはどんな仕事か説明をしていたが、オフィスラブが始まると浮かれていた俺が説明など聞いているはずもなく、二つ返事で承諾した。
だから俺は知らなかった、ジャンヌが王国騎士だなんて、それも小隊長だなんて。更には厳しい指導で「鬼の小隊長」と呼ばれているなど。
後日知ったのだが、ジャンヌを襲った暴漢はジャンヌの部下で、厳しい指導に逆恨みしての犯行だったそうだ。




