プロローグ
「ここはどこだ?」
俺は見たこともない場所にいた。
深い霧に包まれたような真っ白で何もない場所。
「大神犬彦ですね」
突然、白の世界に金色の光が射すと、美しい女性が姿を現した。
「結婚してください!」
俺の名前は大神犬彦(39)彼女いない歴=年齢のロンリーウルフだ。
「な、何を……」
突然の告白に女性は困惑しているようだ。
「私は大神犬彦、まだ手付かずの、お買い得な39歳さ」
困惑している女性に構わず押しまくる。
人生のバイブル『あなたならヤレる! デキる男の七法全書(淫恥亀出版発行29,800円)』の『傲慢の法』に『デキる男は強引であれ』とあるからだ。
『あなたならヤレる! デキる男の七法全書(以下七法全書)』とは女性にモテる、デキる男になるためのハウツー本で、そのための方法を7つに分類し、それぞれの方法について書かれたありがたい本である。
大人限定の雑誌に、これを読んだ読者の感想や女性に囲まれている写真が掲載されているのを見て即購入した。
高い買い物だったがこれで、いつも独りで寂しそうにしているムスコが活発になってくれれば安いものだ。『わんぱくでもいい、逞しく育つのだ』
「話を聞いてください」
自己アピールをしていたオレに女性はそう言ってきた。
どうやら女性は俺と話をするためにやって来たようだ。
そういえば俺の名前も知っていた。ということは……
間違いない! 彼女はオレに惚れている。
好きな人と話がしたいと思うのは人の性だ。
その想いが募り勇気を出してここにきたのだ。
ならば俺のやることは一つ。その想いに応えることだ。
「体で語り合いましょう」
俺は服を脱ぎ始める。『七法全書、色欲の法、言葉はいらない根は口ほどにものを言う』だ。
「話を聞けと言っとるだろーが!」
「ギャー」
突然の落雷が俺の体を突き刺した。
「これだから冴えない中年男は、このチ〇カス野郎」
先程までとは打って変わって汚い言葉で罵る女性。俺はあまりの豹変ぶりに困惑する。
「空気読めよ、貴様は独りよがりなんだよ! 独りよがりのベーション支配人が!」
激しく罵られ、涙が溢れそうになる。
「チッ、せっかく気品のある神を演じてたのに台無しだ」
「神?」
舌打ちしながら吐き捨てられたその言葉に、聞き間違いかと思い聞き返す。
「そうだ、我は神だ」
聞き間違いではなかった。その言葉に俺の中で警報が鳴った。
目の前の女は自分の事を神だと言っている。嘘や冗談を言っている表情ではなく、本気で自分は神だと思っている。
「俺、そういうのはちょっと……、無神論者ですので」
「勧誘ではないわー!」
カルトな勧誘かと思い踵を返そうとしたが、女は即座に否定する。どうやら勧誘ではないらしい。ってか、俺は重大なことに気付いた。
「何ともない?」
オレは自分の体を見回したが、落雷にあったにもかかわらず、怪我一つなかった。
「死んでるからな!」
「死んでる? 誰が?」
「貴様だ」
やはり訊き間違いではなかった。神と名乗る女は、目の前で会話をしている俺のことを死んでいると断言した。
「覚えてないのか。まあ、そういうのも少なくはないが」
突然の事故などで死んだ者は、現実を受け入れられず、死ぬ直前の記憶を喪失することがあるらしい。
自称神の女は「思い出させてやる」と俺に目を閉じるように命じた。
「ゆっくり深呼吸をしろ」
言われるがまま目を閉じ深呼吸を繰り返す。
「!!!」
頭の中に映像が流れ、俺は目を見開き呆然とした。
「思い出したようだな」
俺は思い出した。俺は犬を助けようとして……。
「犬は、犬は助かったのか?」
「怪我一つしとらん」
「よかった」
俺は胸をなで下ろした。




