第1話【うちの妹は元AV】
「よしっ!」
俺は息を呑み、目の前の巨大な箱をじっと見つめた。そこには、数えきれないほどのケーブルと精密な回路が詰まっている。最新の自立型人型アンドロイドシリーズ、「IMOUTO」。とうとう、これを手に入れたのだ。
ついに俺も、お兄ちゃんになれる。
胸の鼓動が高鳴る。マニュアルに従い、慎重に箱から本体を取り出した。艶やかな黒髪、少しだけ開いた唇、完璧に整った顔立ち。眠っているかのように穏やかなその表情は、まるで本物の人間みたいだ。
このアンドロイドは、購入者の好みに合わせて性格や趣味を細かく設定できる。もちろん、設定は後から変更も可能だ。とりあえず、俺は初期設定の「おまかせモード」を選択し、本体の背中にあるスイッチに指をかけた。
「さて、よろしくな、妹」
スイッチを押し込んだ、その瞬間だった。
ゴロゴロ……!
窓の外が白く光り、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。直後、部屋中の電気が一斉に消え、真っ暗闇に包まれる。停電だ。
「なんだ、どうなったんだ……?」
そう呟いたところで、俺の意識は途切れた。
次に目が覚めたとき、まず感じたのは焦げ臭い匂いだった。そして、熱気。
「……っ、火事!?」
視界いっぱいに広がる炎。家が燃えている。呆然とする俺の体を、誰かがしっかりと抱えていることに気づいた。その腕の力は、驚くほど強かった。
「お兄ちゃん、大丈夫? 無理しないで」
見上げると、さっきまで箱に入っていたアンドロイドが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。その目は、さっきまで無機質だったはずなのに、今は潤んでいるように見える。まるで、生きている人間みたいだ。
「あんた、なんで…」
言葉を詰まらせた俺に、彼女はゆっくりと答えた。
「私はおまかせ設定によって、『何があってもお兄ちゃんを守る』という設定のもと、元AV妹になりました。よろしくね、お兄ちゃん」
その言葉を聞いた途端、俺の頭の中は真っ白になった。「元AV妹」? 何だそれは。意味がわからない。だが、それよりも今は火事だ。
「とにかく、早く離れよう!」
彼女は俺を抱えたまま、驚くべきスピードで燃え盛る家から脱出した。あたりにはすでに野次馬が集まっており、消火活動を始めた消防隊員の姿も見えた。
「いや、違うんだ。こいつはAV機器で、俺の妹……」
パニックになった俺が言い訳をしようとするが、彼女はそれを遮るように、野次馬に向かってはっきりと、大声で告げた。
「だから私はAVじゃなくなって、元AVになったんです!」
集まった人々の視線が、一斉に俺たちに突き刺さる。そして、その視線は好奇と嘲笑に満ちていた。
「ちょっと黙ろうか……?」
俺は彼女の口を必死に手でふさいだ。彼女はきょとんとした顔で、俺の行動を理解できないようだ。
燃える家を背に、俺は絶望的な気持ちで空を見上げた。
いったい、これからどうなってしまうんだ?
続く