固定概念
俺は苛々としていた。こめかみがぴくついて仕方ねぇ。
そのような態度を気にしてか時折こちらを見遣る、歩美。
「どうしたんだよ」
「そ、それはこっちのセリフ。なんで怒っているの?」
「……怒ってるとかどうして分かるんだよ」
「……」
少し空気が張った気がした。俺は頭をガシガシと掻いて謝った。
「悪い。言い過ぎた」
首を振り、彼女は笑みを見せる。
「大丈夫。というか、悩みがあるなら私に相談してみ?」
だって私は坂本君の彼女だよ。
言えるわけないだろ。お前との交際を家族に反対されたとか。
――それも、障がいが理由なのに。
「いや、別に……ちょっと席外すわ」
「えっ、ちょっと――」
俺は保健室へと向かった。
◇◆◇◆
「なるほどねぇ」
「今度は勤務中にお菓子ですか」
チョコ棒菓子を魅惑的に食べている、大沢茜。どうしてか知らないけどこの人の食事光景エロいんだよな。たぶん、Iカップ巨乳の横揺れプラシーボ効果だろうけど。
「私をオカズにしてくれてもいいのよ」
苦笑いしてしまった。なんだよ、この人。
「で、交際はもう辞めようと思っている、と。家族に反対されたぐらいで」
「はい? 反対されたぐらいでってなんです?」
「だってそうでしょ? 愛を矜持しようとしているのに、家族から反対されたぐらいで」
口を横に引き結んでしまう。
でも……俺だって真剣に悩んで。
「だって、普通は家族の了解が得られないとそういう行為は……」
すると茜先生が失笑した。
「なに言っているのよ。じゃああなたが言う普通ってなに?」
「普通って……」
そりゃあ普通は普通だろう。そう言い切ろうとしたが逡巡した。
普通の定義ってなんだよ。そこを訊ねられているんだろ?
切れ長の目で見つめられた。なにか心の底に閉ざしている触れられたくない膿を睨んでいるかのようで。
口を半開きにして言葉を紡ごうとしたが出来なかった。
「そういうものよ。それがあなたの固定概念」
やはり言い返せない。自分の腹の中に煮えたぎっているものを完全否定されたから。
「障がい者に対するあなたの価値観。でも胸を張っていいのよ。それは常識ではないけど、良識ではあるから」
「――っ」
頬杖をついてにやにやとしながら茜先生が注視してくる。
「どうする? これだけ煽られたら腹立っちゃったかな?」
「腹は立ちましたけど……でも、それが真実だと思うので」
可愛らしい笑みを溢して、そこから茜先生が俺の肩を叩いた。
「頑張りなさい。人間の固定概念は壊すことは出来ないけど、騙しながら他人とうまく接することは出来るわ。それが『大人になること』よ」
「ありがとうございます――」
俺は保健室から走り出た。
茜先生はやはり知的な人だな。
さすが四十路女性だ。




