8話 美味しい朝食
カラーンカラーン
コンコン
カラーンカラーン
コンコン。
アンジェラは廊下から聞こえてくる音で目覚めた。
よく聞くとそれは手持ちベルと各部屋をノックする音で、
(そういえば監督生が起床時間に寮生を起こして回るって昨日説明で言っていたわね)
起き抜けのぼんやりした頭で思い出した。
アンジェラはいそいそと起き出し、ベッドを整え、バスルームで顔を洗い歯を磨き、制服に袖を通した。
そして今日必要な教科書と筆記用具を革の手持ちバッグに詰めて部屋を出た。
食堂にはすでに何人もの生徒が集まっていて、入り口では監督生2人が出欠確認のため立っている。
「おはよう、アンドリュー。よく眠れたかい?」
彼は朝早くからの仕事にもしんどそうな素振りは一切なく、朝にふさわしい爽やかな笑顔を浮かべてアンジェラに声をかけた。
「おはようございます。はい、眠れました」
アンジェラは彼の前に立って軽く会釈をしながら内心驚いていた。
(昨日の寮代表もだけど、監督生はみんな新入生の顔と名前を覚えているんだわ)
さすがだと尊敬の念を覚える。
監督生はアンジェラの顔をしっかりと見て、
「顔色も悪くない。そのようだね」
言いながら手元の紙に何やら書き込んだ。
それをじっと見ていると、彼はそれを見えるように差し出した。
「これは出欠のマルバツや気づいたことを記入することになっているよ」
「気づいたこと?」
「出席はしているが体調が良くなさそうだとか、眠そうだとか、誰と仲良くしていた、喧嘩していた、とか朝食時に気づいたことだね。これを毎日監督生と寮長が共有して寮生のフォローをするんだ」
ここには母も父も世話をしてくれる侍女もいない。一人ぼっちだと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「いっぱい食べてた、とかも?」
「はははっ! そうかもね。さぁ朝食を取っておいで」
促されて中に入りあたりを見回す。
食事はビュッフェ形式で、たくさんの料理が用意されていた。
アンジェラはトレーと皿を持ち順番に見ていくことにした。
冷菜にローストビーフ、グレーズドハム(照り焼き風ハム)、ポーチドサーモン、ダッグパテ、サラダ。温菜はスクランブルエッグ、ゆで卵、ソーセージ。マトンシチュー、ベイクドハトック(タラのパセリクリーム焼き)、カツレツ、ローストポテト。それからパンとビスケットにチーズ、レンズ豆のスープ、ヨーグルト。飲み物は紅茶か牛乳もしくは水。
貴族の家に育ったアンジェラにもなかなかに充実していると思えた。
朝から食欲が湧くほうではなかったが、それでも食べたいと思える品々を皿に盛り付けて空いている席を探した。
だがゆっくり料理を見ている間にどんどん埋まりなかなか空いている場所が見つからない。
料理を落とさないように緊張しながらキョロキョロと座れそうな席を探していると遠くから声がかかった。
「アンドリュー! ここ、わたしの隣があいているよ」
離れたところからエリオットが手を振っているのが見えた。
助かった、とアンジェラは少し急いでそちらへ向かい、腰を下ろした。
「ありがとう、このまま立って食べなきゃならないかと思った」
「私たちはまだ背がひくいから、せきをさがしにくいよね」
アンジェラは時間を気にしながらさっそくパンをちぎって口に入れた。
「むぐっ……本当にね。……んぐんぐ、学年で席が決まっていたらいいのに」
「それだと他の学年の生徒と話ができない」
会話に割り込んでアンジェラの向かいの席に座ったのはレオポルトだった。
「もぐゅ……、レオポルト、先輩?」
「時間がないのはわかるけど、もう少し落ち着いて食べな? マナーに則ってな。……ってなふうに俺たち上級生は下級生の様子を見たり、生活指導をしなきゃならないからな。いつも同じメンバーで固まるってのも良くないし。だから席は決まってないんだ」
そう言うレオポルトは優雅に足を組んで紅茶をすすっている。
「せんぱいはもう食べおわられたのですか?」
さすがの王宮育ち、エリオットは会話に参加しながらも綺麗に朝食を取っている。
「あぁ、俺は朝はあんまり食べないから。でも君たちはしっかり食べなきゃ駄目だよ? 成長期なんだから」
「はい。あの、今日はじゅぎょうのあとにクラブ活動のタイケンニュウブがあるのですが、せんぱいはどの部に入っているのですか?」
少し気後れしているらしいエリオットが遠慮気味に尋ねた。
「入っておられるのですか、だね。正しい言葉遣いの指導も俺らの役割だから悪く思うなよ。で、俺はラグビー部。花形の部活さ」
「花形、ですか?」
急いで、でも上品に見えるように気をつけて食べていたアンジェラが手を止めて聞いた。
「そう、この学校ではラグビー部かクリケット部に入っていて活躍しているやつは特に尊敬を集める。その2つのクラブの対外試合は全校生徒で応援に行くことになっているしね」
アンジェラはラグビー部に入る想像をした。
激しいタックルで地面に転がる自分──
(無理だわ……。できれば注目されたくないしクリケット部もやめておこう)
「他にはどんな部活があるのですか?」
アンジェラは自分にもできそうな活動はあるだろうかと不安になる。
「授業後にあるホームルームで部活一覧は配られるだろううけど、スポーツ系ならボート、サッカー、ホッケー、クロスカントリー、フェンシングなどなど30以上、芸術系なら室内楽、演劇、美術、科学、数学、歴史・政治、弁論、天文、チェスなどこちらも30以上あるな」
想像以上にたくさんあり、アンジェラはそんな多くの中から決められるだろうかと不安になった。
いや、そもそも──
「クラブには絶対入らないといけないのですか?」
「そうだ。アンドリュー、君はどこにも入らないつもりだったのか? そんなBLTサンドのベーコン抜きみたいな学生生活を送るつもりだった?」
学校へはたくさん本が読めて勉強がしたいから来たアンジェラだったが、それだけでは味気ないとレオポルトは言いたいらしい。
「いえ、ただ、本を読む時間が減っちゃうなぁと思っただけです」
「ははっ! そうか、そんなに本を読むのが好きか。だが、本を読む以上に好きだと思えることに出合えるかもしれない。だから体験入部はできるだけたくさんやってみな?」
他のことにも目を向けてみろ、と言われたのも初めてだった。
今まで家では本ばかり読んでいたが、気になったことは誰かに聞いたり調べに出かけたりしていたので、両親や侍女からは多方面に興味がある活発な子供だと思われていた。
だがレオポルトの指摘通り、結局は本の世界から出ていなかった。
(本を読む以上に楽しいこと……? それってとってもとーっても楽しいことじゃないっ!)
今まで目を向けなかった新しい世界が広がる気がした。
胸が弾む。
早く課外活動の時間がこないだろうか。
「目は口ほどに物を言う、ってか。熱中できるものに出合えるといいな……っと、そろそろ教室に移動したほうがいい時間だな。それでは君たち、グッドラック」
レオポルトはパチンとウインクを決めて颯爽と食堂を出て行った。
「……グッドラック、ってどういう意味?」
「私もしらないな……」
後ろ姿をぼんやり見つめてしまったがそんな時間はないのだったと思い出し、アンジェラは残っていた紅茶を急いで飲み干し食器を片付けた。
そして食堂でエリオットとは別れて1限の授業、国語の授業が行われる国学棟へ走って向かった。
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