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7話 歓迎会

 それからカーター先生は寮でのルールや、明日からの授業の時間割と校内の地図、各棟内の部屋割を全員に配った。

 時間割には教室の部屋番号も書いてある。


 「君たちは明日からこの時間割に沿って動くことになる。1時間目の授業は9時からだから……アンドリュー君の時間割で言うと、9時には国語棟の102号教室にいるように。1年生の間は昼食前の2コマと午後は1コマ、あとは課外活動の時間だが、授業は学年が上がるごとに増えていくぞ」


 1日の流れの説明が終わったら、各々の個室に案内されることになった。

 エイルズベリー校は全室個室になっており、部屋にはトイレとシャワーも設置されている。


 これが父アンジェイがアンジェラに入学を許可できた理由でもあった。

 バービカン王国には他にもパブリック・スクールはあるが、バストイレ付きの全室個室はここだけだった。


 アンジェラは割り当てられた3階の部屋に入り中をぐるりと見た。

 この学校では11年生になるとここよりもいい部屋が与えられる。監督生や寮代表はさらにいい部屋になる。

 ここは今年11年生になる生徒が使っていた部屋だった。


 入って正面、窓際に机が置かれていてその横にはベッド。ベッドの足元側に本棚がある。

 ベッドと本棚の間の狭い通路を抜けて行くとシャワーとトイレが一緒になったユニットバスがある。


 貴族子息にとってはうんざりするほど狭い部屋だがアンジェラは気に入った。

 ここではどれほど勉強しようが本を読もうがアンドリューと比べられないから。




 部屋に荷物を置いたら言われていたとおり1階の大広間に下りた。

 寮の集会などで使われるという広間はアンジェラの屋敷のボールルームの何倍もの広さと天井の高さがあった。

 壁は飾りつけがされており、2列ある長いテーブルにはぎっしりと料理や取り皿、カトラリーで埋め尽くされていた。

 これから歓迎会が行われるらしい。


 「さぁ、新入生は前の方に座って」


 アンジェラを案内したのは先ほどルパートと呼ばれていた青年だった。


 アンジェラが座ったのは部屋の左側の長机の内側で、外側にあたる正面にはすでにエリオットがいた。

 左右や右側の机にも同級生はすでに着席しており、アンジェラが最後のようだった。


 ルパートと数人の生徒は部屋の最前に立ち、頃合いを見計らって全員席に着くようにと指示を出した。


 「時間になったので始めよう。新入生諸君、ようこそ獅子寮へ。私が寮代表(ヘッドボーイ)で生徒代表も務めるルパート・ハリントン。そして君たちから見て右隣が寮の副代表の──」

 「レオポルト・フィッツウィリアムだ。よろしく」


 (あっ、ここに来た時に案内してもらった人と自称王子様だわ。寮代表と副代表だったのね)


 「寮代表……?」

 「ヘッドボーイ、っていうのはこの獅子寮をまとめるリーダーだよ。べんきょうができて、監督生の中で投票をして選ばれるからジンボウもないとなれないんだ」


 アンジェラの疑問に答えたのは右隣に座っていた栗色の髪の少年だった。


 「詳しいんだね。えぇっと……」

 「エドワード・トールドくん、だったよね」


 自己紹介を聞いておらず名前を言えなかったアンジェラにエリオットが助け舟を出した。


 「うん。僕の兄様はカントクセイなんだ。ほら前に並んでいる右から2人目」


 見ると確かに同じ髪色をした青年がいた。顔立ちもどことなく血の繋がりを感じさせた。


 「監督生って?」

 「下級生の面倒を見たり、ルール違反をチェックしたり、寮や行事の運営とかとにかくいろいろするんだって!」

 「誰が選ぶんだい?」

 「上のカントクセイたちだよ。カントクセイになると寮の色のベストが着られるんだ」


 確かに彼らは赤のベストを着用していた。それに加えてルパートとレオポルトはジャケットとズボンも通常の紺色ではなくグレーなことにアンジェラは気づいた。


 「ルパート先輩たちの制服の色が違うのは生徒代表だから?」

 「そう。グレーが着られるのは生徒代表と副生徒代表、それと『選ばれし学生(キングス・カラー)』だけなんだ」

 「選ばれし学生(キングス・カラー)?」

 「そう。成績がとてもよかったり、音楽や美術、スポーツなんかで活躍すると学費がタダになるんだけど、その人たちのことだよ。格好いいよね、グレーの制服」


 エドワードは他にも『ネクタイの色でも何で優秀な人なのか分かるんだ』と得意げに語った。


 ここエイルズベリー校には明確なヒエラルキーがある。

 生徒代表を頂点として副生徒代表にキングス・カラー、各寮代表、副代表、監督生、ネクタイの色で示される優秀者、そして一般学生だ。


 ヒエラルキーの上に行くほど学校側からも優遇される。例えば他の生徒より広い個室が与えられたり、他の生徒とは別の談話室が使える、などだ。

 生徒たちはその特権を得るために切磋琢磨する。


 「ふぅん……」


 アンジェラはそれらにも興味を持てなかった。

 父母から目立つなと釘を刺されているのもあるが──


 (灰色の制服も特別なネクタイももっと上の学年が対象みたいね)


 数々の特権とは縁がないと思ったからだ。

 事実そうで、優秀者に選ばれるのは中学年(7年生)以上からだとアンジェラは後に知る。




 ルパートの自己紹介と監督生の紹介の後は寮生活のルール説明があった。


 寮監からの説明とも重複する部分があったが、起床・就寝時間の確認に、食堂が開いている時間、談話室を使っていい時間の説明、洗濯して欲しい衣類は1週間に一度所定の場所に置いておくこと、など細かく指示があった。


 それが終わると食事の時間になった。

 その間はエリオットやエドワード、左隣に座る2年生とポツポツ話していたアンジェラだったが、食事も終わり自由な時間となるとポツンと一人になってしまった。


 エリオットは王子ということで多くの上級生に囲まれ、エドワードは兄のところへ話に行ってしまった。他の生徒らも仲良しグループで固まっている。


 プレスクールに行っていないアンジェラはこういう時どうすればいいか分からなかった。

 あたりをキョロキョロ見回してみてはテーブルを凝視するを繰り返す。


 「アンドリューは一人になってしまったのか?」


 するりと隣に座ったのはルパートだった。


 「そう、みたいです」

 「あまり気にするな。ここで暮らしていれば友達などすぐにできる」


 当たり前の励ましだったがアンジェラには響かない。


 (そうじゃない。私は誰とも仲良くしてはいけないのよ……)


 自分の言葉が的外れだったことをアンジェラの表情から察した彼は言葉を変えた。


 「君はこの学校で何がしたい?」

 「勉強して本をたくさん読みます」


 迷うことなく答えた。


 「なるほど……。それはエイルズベリー生なら当然のことだ。それで、君はどんな大人になりたい? 将来はどうしたい?」


 アンジェラは驚き俯いていた顔を上げ、ルパートと初めて目を合わせた。


 「どんな大人……?」

 「どれだけ勉強ができようと、中身が伴っていなければ意味はない」

 「考えたこともありませんでした……。僕は学校を出て父の跡を継ぎ家と事業を立て直すことしか……」

 「私もかつてはそうだった。だが、この学び舎でそうではないと気づくことができた。そして大切なものをたくさん得ることができた。君の学校生活も実り多いものであることを祈るよ」


 ルパートは昔を懐かしむような表情を一瞬だけ見せてから立ち上がり、アンジェラの肩を叩くとまた別の生徒のところへ話に行ってしまった。


 (どんな大人になりたいか。将来何がしたいか……)


 ルパートにとってはちょっとした助言だっただろうが、アンジェラの心には深く響いた。そして今の言葉は一生忘れないのだろうという気がした。




 その夜、初めて寮の自室でシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。

 すると、途端に家を出てここに来たことを思い出し寂しくなった。

 怖い夢を見たとしても訪ねる部屋もない。

 神童とてただの5歳。心細くなって涙が出そうになるのを堪え、自分を抱きしめるように丸まって眠りについた。

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