6話 入学初日
バービカン王国では9月1日から新年度が始まる。
エイルズベリー校も同様で、その前日が入寮日だった。
両親の説得も虚しく、アンドリューは引きこもりを続けており、アンジェラは予定通りアンドリューに成り変わり入学することになった。
アンジェラはエイルズベリー校の真新しい制服に袖を通して鏡を見た。
こざっぱりした黄金色に輝くショートヘア。紺色のブレザーの下には同じ色のベスト、白のワイシャツ。ズボンは赤、紺、緑のチェック柄。ブレザーの胸ポケットにはエイルズベリー校の金糸の紋章がキラリと光る。
初めて履くズボンには違和感があったが、アンジェラはなかなか似合っているような気がした。
入念に鏡をチェックして玄関に下りた。
馬車に乗り込む前に両親と抱擁を交わす。
「気をつけて行ってきなさい。いろいろと気をつけるんだぞ」
「病気しないようにね。それから、目立たず、他の生徒と同じようにしていなさい。ね?」
父母は入試の時を思い出し、忠告せずにはいられなかった。
「はい、気をつけます。ではお父様、お母様。行ってまいります」
ハラハラする両親をよそに、アンジェラはウキウキで旅立った。
入学試験の時以来2度目に足を踏み入れたエイルズベリー校は、100年前もきっと変わらない風景だったろうが、アンジェラには以前よりも色鮮やかに見えた。
(今日からここで暮らすんだわ。どんな人がいるんだろう。どんなことが起こるんだろう)
両手に抱えた荷物の重さも全く感じていない。
アンジェラは入学通知とともに記してあった寮に向かった。
ウィーストン校には全部で9の寮とそれぞれに色が決められている。
赤の獅子寮
橙の狩豹寮
黄の剣歯虎寮
青の隼寮
緑の影鴉寮
茶の貂熊寮
黒の黒豹寮
灰の雷鳥寮
白の白鷺寮
アンジェラに割り当てられたのは獅子寮。
生徒を組み分けするのは帽子、ではなくて寮監だ。
入試で測った学力や性格から各寮のバランスが良くなるように振り分ける。
アンジェイに教えられた赤い屋根が特徴の獅子寮の建物に近づくと、前を歩く2人の生徒が見えた。
(同じ寮の人かしら?)
今日は新入生の入寮日であり、夏休みを終えた生徒が実家から帰る日でもある。
なので寮に入ろうとする2人もそれぞれ荷物を持っていた。
アンジェラは2人を追って寮のドアを開いた。すると外からは聞こえなかった寮生の喋り声や生活音が耳に飛び込んできた。
「君も新入生だね。名前は?」
アンジェラは声がした方を見上げた。
玄関を入ってすぐ正面にある階段の上、青年とその後ろに続くアンジェラと同じくらいの歳の少年がいた。
「アンドリュー・アランドルです」
「今から寮監室に行くからついておいで」
アンジェラは急いで階段を上った。
青年は2人を連れて2階の奥へと進んでいく。
ふいに、斜め前を歩いていた少年が振り返った。
「私はエリオット・カストルム。おなじ新入生だよ。これからよろしく」
差し出された手を握り返しながら、アンジェラはエリオットの顔にある種の感動を覚えていた。
(本に出てくる王子様みたいなお顔だわ。なんて綺麗な……)
甘く輝く金髪に翠の瞳。
エリオットの持つ色はこの国の絵本によく出てくる王子様の容姿だった。
(エリオット・カストルム……。カストルム? それって王家の人が名乗る名前じゃなかったかしら……?)
「あなたって王子様?」
「おうじさま、はちょっと恥ずかしいきがするけれど。そうだね」
照れてはにかむエリオットにアンジェラはますます目が離せなくなった。
「王子様ならここにもいるぞ?」
そう言ったのは部屋の中からこちらを見る青年だった。
「レオポルト。君のはあだ名だろう。“本物”が来たのだから今日限りで返上したまえ」
「本物がいたら偽物はいちゃいけないのか? 新学期早々ルパートはおカタイねぇ」
自らを王子様と名乗って青年も端正な顔立ちをしていた。
(あれ……なんだか見覚えが……? 違う、リンコさんの記憶だわ。タイタニックって映画に出ていた男性に似てるのね)
あだ名どおりの甘い顔立ち。それを咎めるルパートと呼ばれた青年も別系統の綺麗な容姿をしていた。
キラキラした男子たちに囲まれたアンジェラは頭がクラクラしてきた。
(当たり前だけれど、ここには男の子しかいないのよね。あぁ、どうしたものかしら……)
アンジェラは男の子に免疫がなかった。
だが、身代わりに入学してしまったのだからどうもこうも慣れるしかない。
「君たち、ここが寮監室だ。今から寮監のカーター先生から色々と説明があるからしっかり聞くように。ではまた後で」
ルパートがそう言ってアンジェラとエリオットを中に入れてドアを閉めた。
中にはすでに3人の新入生らしき子たちと50代くらいの男性がソファに座っていた。
アンジェラ含め新入生5人のうち4人が金髪もしくはブラウン系の髪で、この国の貴族の意識にある純血主義を現していた。
「揃ったね。さぁ君たちも掛けなさい。では自己紹介から始めようか。私はここの寮監、ジェームズ・カーター。ようこそ、獅子寮へ。君たち10人はこれから12年間ずっと共に暮らすことになる。無理に仲良くしろとは言わない。が、トラブルなく上手くやっていくように」
話を聞きながらアンジェラはテーブルを囲んで座る9人を眺めた。
(12年も一緒なのね。今までお父様お母様と一緒に過ごした以上の時間を一緒に……)
卒業する年には18歳。成人だ。
アンジェラには途方もなく長い時間に思えた。
(けれど、私はここに何年いるかしら。来年にはもういないかもしれない)
そう思うとそれだけ長い時間を勉学に費やせる同級生の子たちが羨ましくなった。
「では、まずは自己紹介から始めてみましょうか。私の前に座る、そう君から」
先生と目が合ったアンジェラは迷いながら自己紹介を始めた。
「アンドリュー・アランドルです。……よろしくお願いします」
言い終わって目を伏せた。
「アンドリューくんはシャイなところもあるんだね。まぁ心配ないさ。すぐ打ち解けられる。では、次は隣のエリオットくん」
「はい。エリオット・カストルムです。12年もいっしょにいることになるのだから、みんなとなかよくやっていきたいと思っています。よろしく」
エリオットの喋りは堂々としたものだった。
「そうだね。ここでの友達は一生の宝になる。是非とも良い友情を育んで欲しい。では隣に」
本当はアンジェラも『仲良くしてください』とか『本を読むのが好きです』とか言いたかったが、言えなかった。
いつまでここにいられるか分からない。
自分の秘密を守り通すためには誰とも必要以上に親しくしてはいけない。
素直にアンジェラの趣味を言って入れ替わりを疑われたくない。
そんなことを考えていたらその後の自己紹介はもう耳に入ってこなかった。
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