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身代わり伯爵令嬢はパブリック・スクールで奮闘する  作者: キシバマユ
最終学年編

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34話 アンジェラとして

 9月、夏の名残をわずかに残した風が校舎の石壁を撫でていた。


 アンジェラは、とうとう最上級生──12年生になった。

 寮代表に選ばれ、生徒代表の任も託されたアンジェラには、責任とともに特別な部屋が与えられた。


 以前の質素な一室とは違い、広々とした空間に重厚な家具が並び、寝室とリビングルーム、バスとトイレがそれぞれ別けられた作りになっているのもアンジェラは嬉しかった。


 窓辺には花を挿した高級そうな陶器の花瓶が置かれている。

 寮代表ともなると、個室にも清掃業者が入ってくれるのだ。


 談話室もまた、寮代表と副代表だけが使える特別な部屋が用意された。

 寮のシンボルカラーでもある深い赤の絨毯は複雑な模様に織られ、壁には歴史を感じさせるタペストリー。

 静かな灯りが照らす中、ルーシーに話があると言われて集められたアンジェラとエリオットはクッションのよく効いたカウチに腰掛けた。


 「アンドリュー、あなた……このまま“アンドリュー”として卒業するの?」


 ルーシーが切り出した。

 その問いは、アンジェラの胸の奥に沈んでいたものを、そっと掬い上げるようだった。


 ずっと考えてきたことだ。


 このまま卒業すれば、卒業証書に記されるのは“アンドリュー・アランドル”の名。

 兄が卒業したことになってしまう。

 それは、学歴の詐称──いずれ大きな問題になるかもしれない。


 ルーシーは続けた。


 「ねぇ、“アンジェラ”は卒業したらどうするの?」


 アンジェラは答えられず、指先でカップの縁をなぞった。

 卒業したら、“アンドリュー”ではいられない。兄を家に閉じ込めたままにしておくことなんてできない。自分が奪ってしまった時間を、これ以上重ねることはできないのだ。


 「……まだ何も考えられていない。でも、このまま卒業するのは、やっぱりダメだと思ってる」


 アンジェラの声は小さく、けれど確かだった。


 風が窓を揺らす音だけが聞こえる。


 その一言を受けて、エリオットがゆっくりと口を開く。


 「どうにかして、“アンジェラ”として卒業できないかな……?」


 ルーシーが思わず声を上げた。


 「えぇっ? ここは男子校で、アンジェラは女の子なのよ? そもそも“アンドリュー”と偽って入学しているわけだし……」


 エリオットは椅子の背にもたれ、真剣な表情で言った。


 「そう、問題は大きく2つある」

 「2つ……」

 「まず1つ目。アンジェラは“アンドリュー”だと偽って入学している。学籍も、“アンドリュー・アランドル”だ」


 アンジェラは唇を噛んだ。


 そう、それがすべての根幹。

 “アンジェラ”としての自分は、学校の記録の中に存在しない。


 「2つ目。ここは男子校である、ということ」


 ルーシーが両手を広げて大げさに言う。


 「そうね。いっそのことアンジェラの卒業までにここを共学にしちゃう? ……でも今までの単位は全部“アンドリュー”が取ったことになってるから、意味ないわね」

 「“アンジェラ”は存在しないはずの人間……」


 アンジェラの声が少し震えた。

 全員が何か解決の糸口がないか思考を巡らせる。

 しばらくの沈黙ののち、エリオットがぽんと手を打った。


 「そうだ……! 生徒会室にある学則を全部読んでみよう。何か抜け道があるかもしれない!」

 「学則を全部!?」


 ルーシーが素っ頓狂な声を上げた。


 「それって、どれくらいあるのよ?」

 「棚いっぱいに。枚数は数え切れないな」

 「読み切るまでに卒業しちゃわない!?」

 「そうならないように頑張ろう」


 その真剣なやり取りに、アンジェラは思わず笑ってしまった。


 「ありがとう、2人とも。私、今まで卒業を諦めてたけど……。2人とちゃんと卒業したい!」

 「アンジェラっ!」


 ルーシーがたまらず抱きつく。


 「泣かせること言うじゃない……!」


 アンジェラはその肩越しに、光の差し込む窓を見上げた。


 (考えろ。きっと何か策はあるはず)


 “アンジェラ”として卒業する。

 それが、アンジェラの新しい目標になった。


 そしてその瞬間、彼女の中で何かが静かに動き出した。

 もう“兄の影”ではなく、自分自身として未来を掴むために。




 生徒会室へ向かう前に、3人は改めて問題点を整理した。


 1、アンジェラは“アンドリュー・アランドル”と名乗って入学している。学籍も記録もすべてその名義である。


 2、エイルズベリー校は男子校で、女子が在籍すること自体が学則違反になる。


 3、“アンドリュー”としての単位認定を安易に書き換えた場合、“改竄”の罪を問われかねない。


 4、ヘタに事が公になれば、アランドル家の名誉問題に発展するおそれがある。


 ──つまり、学則の中に“抜け道”を見つけ出すしかない。




 生徒会室に入った3人は、壁一面を覆う棚の前で立ち尽くした。

 年代ごとに積み重ねられた書類と冊子の山。

 どれも背表紙の金文字が色あせ、触れればほこりが舞いそうだった。

 ルーシーが眉をひそめる。


 「……これ、どの書類から手を出せばいいのよ……」

 「まずは、女子も入学できるって文言がないか、学校設立当初の学則から遡って調べよう」


 エリオットが冷静に言った。


 「それが削除されずに残ってる、みたいな可能性がある」

 「設立当初からの学則……。300年以上前から何回改定されているのかしらね!? あぁ古文の授業を受けていてよかったわっ!」


 ヤケクソ気味に言うルーシーをよそに、アンジェラは最も古い革表紙の一冊を手に取った。


 「これが初版……『私立エイルズベリー校 学則 第一編』」


 紙はすでに黄ばみ、端は擦り切れている。

 アンジェラは指先でページを丁寧にめくり、手書きの文章を追っていく。

 古い表記は癖が強く手書きなことも相まって非常に読みにくい。

 だが、アンジェラの目は迷わなかった。


 「『本学院ハ 貴族子弟ノ教育ヲ目的トス』……」


 アンジェラが音読すると、ルーシーがすぐにため息をつく。


 「“子弟”って書いてる時点で男子限定じゃないの?」

 「と思いがちだけど、子弟の言葉自体の意味は子や弟。転じて年の若い者を指す意味もあよ」


 アンジェラがページをめくると、余白にかすれた文字が見えた。


 「……ここ、“但シ 功績アル者ヲ特ニ認ム”って書いてある」


 エリオットが顔を近づけた。


 「功績? つまり、功績があれば入学を特別に認める?」

 「どうだろう……」


 ルーシーが手早く次のページをめくる。


 「……“学院ニ資金ヲ寄セシ家ノ子弟ヲ優先ス”って、ちゃんと書いてあるじゃない」


 希望は一瞬でしぼんだ。


 「じゃあ次。改定第二版」


 エリオットが別の冊子を引き抜く。紙が黄ばんで指先にざらつく。


 「“本校は貴族男子の教育を旨とす”……はい、終了」


 ルーシーが机に突っ伏した。


 「ちょっと待って、注釈がある」


 アンジェラが指を止める。ページの下部に細い字でこう記されていた。


 “ただし、特別に認められた者を除く”


 「これ、現行の学則にも残ってる文言だよね?」

 「そうだ。問題は、この“特別に認められた者”が何を指すか、だ」

 「たぶん、奨学生制度の前身ね。戦争や災害で家を失った子を受け入れるための」


 ルーシーの推測に、エリオットが顎に手を当てる。


 「……“特別に認められた者”には男子に限るとは書かれていない。ただ、学校が貴族子弟のためのものだったから、入学できた平民も男子のみだった……」


 アンジェラはもう一度古い学則のページを戻りながら呟いた。


 「ねぇ、学則には“本校は貴族男子の教育を旨とす”とはあるけど、入学は男子に限る。とはどこにも書いてなくない……?」


 その言葉にエリオットとルーシーの動きが止まった。


 「本当にないか全部見てみよう……!」


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