3話 髪の毛を切る
思いっきり、バッサリ髪が切られたアンジェラの姿に母は泣いた。父も真っ青になった。
この国では女性の長く豊かで美しい髪は美の象徴の一つだ。
それなのに娘の髪を切り男装をさせ、この家の犠牲にすることも、学校を騙すことも、何もかもが罪深い。
それでも父母は「今をしのぎアンドリューが部屋から出てきて学校に行ってくれさえすればなんとかなる」と考えた。
世界でも有数のトップ校であるエイルズベリー校に息子を入れれば社交界でも一目置かれる。
しかし替え玉がバレたら社交界どころか世間の大スキャンダル。事業を立て直す目はなくなるだろう。
それはこのままアンドリューが学校に行かなくても同じことだ。
エイルズベリー校はよほどの成績優秀者か学業以外で目立った成績(美術展や音楽コンクールでの優勝など)がなければ途中入学はできない。
そして今夏の入学を逃せば家で家庭教師をつけて学ぶしかない。
それはエイルズベリーの教育レベルとは雲泥の差があり、学校で人脈を作ったりもできない。
つまり将来アンドリューが家を再興してくれる可能性は低くなる。
「分かりました。大丈夫です。きっとうまくやってみせます」
父母は家のためにアンジェラを犠牲にしたと詫びたが、アンジェラはそうは思っていなかった。
(勉強ができる! この家にはない本もたくさんあるはず! すっごく楽しみ!!)
アンジェラは兄をダシにしただけで、本当は学校に行ってみたかったのだ。
そのために髪を切ることも、男の子の服を着ることも何とも思っていなかった。
むしろ煩わしさが減ってかえっていい、くらいに捉えていた。
父母が気に病んでいたことを本人は全く気にも留めていなかったのだった。
◇
アンジェラを替え玉にするにあたって、そのことが外に漏れないように屋敷の使用人を整理した。
代々この家に支えてくれている使用人のほかには勤続20年以上であるなど信用のおける者だけを残し、他の者には暇を出した。
この大解雇も傾いている家だから外からは不審に思われなかった。
ただ「あの家もいよいよか」と噂になったくらいだ。
家の中の状況が整ったところでアンジェラの断髪式となった。
アンジェラを鏡台の前に座らせ、マリーがハサミを持った。仕える家の子供の髪を切るのも侍女の仕事だ。
「マリー、わたくしにさせて?」
「お嬢様、危のうございますから」
マリーはもちろん渋ったが、アンジェラがやってみたいと譲らなかった。
やはり髪を切るのは嫌だからだろうと見当違いに慮った母は涙をハンカチで押さえながら許可してやった。
ハサミを渡されたアンジェラは嬉々として、左手でポニーテールをするように髪束を掴み、根本から思いっきり切った。
アンジェラはただ髪を切る感触を味わいたかっただけだった。
母もマリーもアンジェラの髪はボブくらいの長さで整えようと思っていたのに、それができる長さがなくなってしまった。
父母とマリーは泣いた。
アンジェラはそれを見てちょっと罪悪感を覚えたが、頭が軽くなって楽ー! と内心では思っていた。
アンジェラはショートヘアになった。
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