28話 真実
そう心に決め、そっと立ち上がった。
その時だった。
庭園の入り口から、足音が聞こえてくる。
振り向くと、月明かりに照らされた金の髪──エリオットがいた。
「エリオット……殿下」
普通に名前を呼びそうになって慌てて敬称をつけた。
今のアンジェラは女の姿で、王子のエリオットとは面識すらない。それを呼び捨てるのは不敬に当たる。
「御前を失礼いたします。私は会場に戻りますので」
軽く頭を下げて立ち去ろうとしたが、それを呼び止める声がかかる。
「待って」
どうして呼び止めたのか、エリオット自身にもわからないような声音だった。
彼は少し戸惑った様子で眉を寄せる。
「君が走って会場を出ていくのを、たまたま見かけて……。なんとなく、気になって」
アンジェラは胸の奥がざわつくのを感じながら、平静を装った。
「ハリフォート公爵令嬢を放っていていいのですか?」
自分でも嫌になるほど棘のある言い方になった。
エリオットは苦笑した。
「彼女は今、友人たちと喋っているから。それより……君はアンドリュー・アランドルの親戚? 私は彼と友人なんだけど、君はとても似ているね」
(なんと答えようか。赤の他人というのは無理がある。親戚、くらいなら……)
「えぇ、親戚です」
「やっぱりそうか。今日のパーティーに彼も来ているはずなんだけど、見かけていない?」
「いいえ」
これ以上話してはいけない。会話を切り上げて、この場を離れなければ。
「そろそろ会場に戻ります」
そう言って一歩踏み出した瞬間、エリオットがふと声を落とした。
「待って。……君、うなじにホクロがあるんだね」
アンジェラは反射的にうなじへ手をやる。
「アンドリューと同じ場所に」
息が詰まった。ゆっくりと彼を振り返る。
エリオットは、まるで自分の言葉に驚いたかのように目を見開いていた。
「君は……アンドリュー、なのか……?」
庭園の静寂が、二人のあいだに重く降りた。
(どうしよう。どう言い訳しよう……)
頭が真っ白になりながらも、アンジェラは必死に口を開いた。
「わっわたくしはアンジェラという名ですわ。アンドリューという方にはお会いしたことがありませんわ。似ているなんて、きっと気のせいですわ」
わざと高めの声を出して誤魔化してみる。
笑顔を作ろうとしたが、頬が引きつってうまくいかない。
エリオットは目を細め、わずかに首をかしげた。
「いや、同一人物だと見れば、そうとしか見えない。背丈、顔立ち、声。同性の双子ならまだしも、アンドリューは男だ。ここまで同じになるはずがない」
アンジェラの喉がきゅっと鳴った。
彼は続ける。
「それに、アンドリューは男にしては背が低く、線も細く、未だ声変わりもしていなかった。子供の頃のままの声……。もし本当は女性だったのだとしたら、すべてに納得がいく」
鋭い視線がアンジェラを射抜いた。
そして、決定的な一言が落とされる。
「本当は、アンドリューのうなじにホクロなんてないんだ」
「え……?」
「今、私がとっさについた嘘だ。それなのに君は過剰に反応した。──それは、君に含むところがあったからだ」
言葉を失う。
彼の目には確信が宿っていた。
(……さすがだね。言い逃れなんてできない)
エイルズベリー校でも成績上位の彼の論理の前に、アンジェラは観念した。
静かに両手を上げ、頭にかけていたかつらを取り払う。
さらりと落ちた金の髪が風に揺れ、短く刈り込まれた“アンドリュー”の姿が露わになる。
エリオットは目を見開き、息を呑んだ。
──そのとき。
「エリオットー! どこー!? みんな騒ぎ始めちゃってるわよー!?」
甲高い声が庭園に響いた。
ルーシーだ。
そしてエリオットの姿を見つけると駆け寄ってくる。
そして相対している人物、アンジェラを見た瞬間、目をまん丸にした。
「アンドリュー……? えっ、ドレス? あなたってば、そんな趣味が!?」
場はますます混迷を深めていく。
アンジェラは片手で顔を覆い、深いため息をついた。
ルーシーの素っ頓狂な声が庭園に響き、空気が一瞬ゆるんだ。
アンジェラは苦笑を浮かべることもできず、俯いたまま小さく息をついた。
「……もう、隠し通せないね」
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