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身代わり伯爵令嬢はパブリック・スクールで奮闘する  作者: キシバマユ
9年生編

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27話 プライドと羞恥

 「──本年度のデビュタント、レディ・アンジェラ・アランドル嬢!」


 会場の視線が一斉にアンジェラへ注がれる。

 アンジェラは深呼吸をし、教えられた通りに笑顔を作って一歩を踏み出した。

 ドレスの裾がふわりと揺れ、灯りを受けて淡く光る。


 王と王妃の前に進み出ると、練習した通りに裾を摘み、深く一礼。


 (どうか、変に思われませんように)


 その祈りを胸に込めて、ゆっくりと顔を上げた。

 王妃の穏やかな微笑みが見えた瞬間、安堵が胸に広がった。


 挨拶を終えると、アンジェラはひっそり息をついた。

 巨大なシャンデリアの下、鏡面のように磨かれた床がドレスの裾を映し出す。


 次々と令嬢たちが入場し、真っ白なドレスの波が会場をゆっくりと彩っていく。


 アンジェラは、父母とともに壁際の席へと移動した。


 しばらくして司会者の人物紹介が途切れた。


 「今の人で最後ですか?」

 「いいや、アンジェラ。最後の今日の主役の登場だ。……見てごらん」


 ざわめきが広がった。


 扉の奥から、エリオットが姿を現した。

 彼の隣にいるのは、見知らぬ同年代の女性。

 彼女も白いドレスをまとい、金糸の髪が光を受けて輝いている。

 エリオットの腕に軽く手を添え、完璧な笑みを浮かべていた。


 「隣の方は?」


 アンジェラが小声で尋ねると、アンジェイが答えた。


 「アデリーナ・ハリフォード公爵令嬢だ。王子の最有力の妃候補と言われている」


 (……妃、候補)


 アンジェラの胸が、わずかに痛んだ。

 けれど、それはきっとエリオットが自分より先に大人になっていくような気がしたからだ、と結論づけた。


 そう、ただそれだけ。


 王が立ち上がり、会場に声を響かせた。


 「本日、王国の新たな季節を迎える若者たちに祝福を。そして我が息子、エリオットにも成年としての社交界デビューを許す」


 拍手が会場を満たした。

 エリオットが頭を下げ、アデリーナに手を差し出す。

 2人は中央に進み出て、最初のワルツを踊り始めた。


 流れるような動き、完璧なリズム。

 その姿に、全員の視線が吸い寄せられていく。

 アンジェラもまた、息を呑んで見つめていた。


 (……綺麗)


 それがアデリーナに向けた感想なのか、エリオットに対するものなのか、自分でも分からなかった。


 やがて曲が終わり、拍手が鳴り響く。

 今度は流れるように今日デビューした子息と令嬢たちが中央に集まりダンスが始まる。

 アンジェラも叔父の腕に手を添え、ゆっくりとステップを踏み出した。


 (間違えないように、落ち着いて、右足から──)


 慣れない女性パートの動きに神経が張りつめる。

 どうしてもリードする側に回りそうになるたび、叔父が優しく笑った。


 「足を踏んだって構わないさ。楽しんで」


 その一言で、アンジェラのこわばっていた頬が少しゆるむ。


 「周りの人たちの顔を見てご覧。みんな君に釘付けだ」

 「えっ? やっぱりダンスが下手だから!?」

 「ははっ、違う違う。君は人目を引く美人だ。それを内側からあふれる知性が輝かせているんだ」


 エイルズベリー校にいることをこの叔父が知っているのかは分からないが、勉強を頑張ってきたことを褒められたのは単純に嬉しかった。




 音楽が一旦止み、中央から脇へ出てきたところでアンジェラのもとに次々と男性が近づいてきた。


 「レディ・アランドル、次のダンスをお願いできますか?」

 「いや、私と。お願いします」


 初めてのことで、息が詰まりそうになる。


 「いやあ、素晴らしいステップでしたね。初めてとは思えない」


 アンジェラは曖昧に笑いながら、頭の中で必死に言葉を選ぶ。


 (まずい……女の子としての会話、全然わからない……!)


 「お嬢様は普段、どのようにお過ごしで?」

 「え、えっと……えー……」


 困って口を開いた瞬間、つい男言葉が出そうになり、慌てて飲み込む。


 「読書とか……乗馬が好き……です」

 「乗馬ですか? 活動的なんですね」


 青年がにっこり笑う。その無邪気な一言が、なぜか背中をぞわっとさせた。

 別の青年が話しかける。


 「ダンスのご経験は長いのですか?」

 「い、いえ。練習は……まあ、ちょっと人より多くしただけで」


 (男子パートで、だけど……!)


 いくつかの会話を交わしながらも、ふとした拍子にボロを出してしまいそうでハラハラする。


 この場から一旦逃れたいアンジェラは焦りを隠して笑みを作り、彼らに向かって言った。


 「ちょっと……ラヴ(トイレ)に行ってきますわ」


 その場の男性のひとりが、驚いたように眉を上げた。


 「“ラヴ”? ……エイルズベリーの言葉だね。誰かの影響かな。だが、君が使うと……少し恥ずかしいよ」


 その瞬間、アンジェラの頬が熱くなった。


 (あ……しまった)


 “ラヴ”は学校で使う俗語。女子の口から出るような言葉ではない。

 恥ずかしさと自己嫌悪が一気に押し寄せ、アンジェラは微笑を保てなくなった。


 「失礼します」


 そう告げると、彼女は会場を抜け出した。

 煌めくシャンデリアの光が背後に遠ざかる。

 廊下に出た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。


 ──笑顔で乗り切る。

 母の言葉を思い出しても、今だけはどうしても笑えなかった。




 会場を抜けてただ走る。

 慣れないヒールで速度は全然出ないが。


 王宮の見取り図なんて知らない。

 どこへ向かっているのか。どこを走っているのかも分からなくなる。

 それでもパーティーの喧騒が聞こえなくなる場所まで行きたかった。


 息はすぐに切れた。

 ドレス用の硬いコルセットで締め付けられているから。


 気がつけば、王宮の庭園の奥まった場所に出ていた。

 生垣のそばに置かれた白いベンチに腰を下ろし、胸の鼓動を静めようと深呼吸する。


 「……学生でない君が使うのは恥ずかしい」


 さっき青年に言われた言葉が、何度も頭の中でリフレインする。


 どうして、こんなにモヤモヤするのだろう。

 エイルズベリー校の生徒としての誇りが傷ついたから?

 それとも、学生ぶって背伸びした変な娘だと思われたのが恥ずかしかったから?


 自分でも理由がわからない。胸の奥で何かがぐるぐると渦を巻く。


 ふと、空を見上げた。

 満ちかけの月が、庭園を青白く照らしている。


 「……これが、最初で最後の社交界、か」


 ぽつりとつぶやいた。


 貴族としての肩書きを失っても構わないと思っていたはずだ。

 ただ──平民になれば、エリオットとはもう会えなくなる。


 平民が王族に会う機会なんてない。


 そのことに、ようやく気づいた。


 時折り月を隠す雲を眺めながら、アンジェラは過ぎ去った美しい思い出を甦らせた。


 初めて出会った日。

 初めて喧嘩をした日。

 誘拐されたエリオットを必死で追いかけた夜。

 夏の離宮で過ごした日。

 ある意味事件が起きたスポーツ大会。

 あの時の風、笑い声、まぶしい陽射し――どれも鮮やかに蘇る。


 (きっと色褪せず、折に触れて思い出すんだろうな)


 「卒業まで、悔いなく過ごすんだ」


 そう心に決め、そっと立ち上がった。


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