24話 艦艇平和協定事件
「アンドリュー! ちょっとあなたどこに行ってたの!? エリオットも! もう試合始まっちゃったわよ!」
競技場に戻る道すがら、アンジェラを探していたらしいルーシーと合流できた。
「ごめん、迷子になっちゃって」
「迷路でもあったの? それとも妖精の悪戯?」
「まぁそんなところ……?」
「そんなことあるわけないじゃない! ってエリオット! 早く行かないと!」
「うん。まぁある意味、準備運動はしたし、私は後半から出るから十分間に合うはずだけど」
と苦笑しながら控室に走っていった。
「さて、わたくしたちも応援席にいきましょうか」
「そうだね。しっかり応援しないと!」
そう意気込んだものの、午前中の疲れと先ほどの事件のせいで疲れてしまったアンジェラはうっかりウトウトしてしまった。
「エリオット、行け!」
誰かの声が響き、アンジェラはルーシーに膝枕をしてもらっていた頭をがばりと上げた。
「ちょっ、びっくりしたぁ。急に起き上がらないでよ」
「ごっごめん。いつの間に寝ちゃってたんだろう」
「観客席に座って10分くらいで? みんな試合そっちのけで『女王様』の優雅な午睡に釘付けだったわよ」
「えぇっ? 僕なんか見てないで試合を見たらいいのに」
よだれ垂らしてなかった? と顔をゴシゴシ擦る。
「花の価値を花自身は知らない、って誰の言葉だったかしら」
「ヴィクター・ルダン」
「それは即答なのにねぇ」
悩ましげに頬に手を添えて小首を傾げるルーシーは放って、アンジェラは試合に集中した。
楕円球が高く舞い上がり、青空を背景に一瞬止まったように見えた。
エリオットはその軌道を見極め、味方のカバーを確認すると、一直線に走り出した。
日々の練習で鍛えた脚が、芝生を切り裂くように動く。
タックルをかわし、相手の肩をすり抜け、ボールを抱えて突進――歓声が一段と大きくなった。
「行けー!!」
一際大きくなった歓声にアンジェラも加わった。
彼の動きには無駄がなかった。
エリオットは斜めに切り込み、フェイントでディフェンスをかわす。
相手の腕が伸びるが、届かない。彼はさらに加速し、最後は勢いのままゴールラインへと飛び込んだ。
泥が跳ね、笛が鳴る。
「トライ!」
その声と同時に試合終了のホイッスルが鳴り歓声が爆発した。
観客席からは名前を呼ぶ声が次々と飛び、チームメイトたちが彼に駆け寄る。
肩を叩かれ、抱きしめられ、満足そうに笑うエリオットをアンジェラは誇らしげに見つめた。
獅子寮の観客席も熱狂に包まれた。
「やったぞ!」
「下級生チームが勝ったの、3年ぶりだ!」
「エリオット先輩、かっこよすぎます!」
歓声と笑い声が入り混じる。
グラウンドの中央で、エリオットがこちらに気づいた。
目が合う。
アンジェラは思わず笑みを返した。
彼も、照れくさそうに手を振り返す。
風が吹き抜け、寮旗がぱたぱたと鳴った。
その音が、勝利の余韻をやさしく包みこんでいた。
◇
ラグビーの試合が終わり、歓声と泥の匂いが残る観客席で緊急会議が始まった。
エリオットのチームはトーナメントを見事に勝ち進み優勝を収めたが、上級生チーム──つまり寮を代表し、配点も高かったメンバーたちはまさかの初戦敗退。
誰もがその結果を信じられず、獅子寮の空気はどんよりと沈んでいた。
「獅子寮は今、始まって以来の危機にある。……現在の順位は最下位だ」
寮代表のブロムリーが全員に向けて言い放った。
生徒らの空気が一瞬で凍る。
「最後のボート競技は配点が高い。ここで勝たなければ名誉は地に落ちる。──そこで、我々は“策”を講じる」
ブロムリーの視線がゆっくりと、アンジェラに向けられた。
アンジェラはやはりか、と絶望した。
「君に出てもらう、アンドリュー」
「…………それ以外の策はないですか……?」
せめてもの抵抗だ。
「負けたら負けたでいいじゃないの」
ルーシーが抗議の声を上げる。
エリオットも眉をひそめた。
「本気ですか? アンドリューはロクに漕げませんから策が不発だった場合、確実に負けですよ」
しかしブロムリーは薄く笑った。
「8位と逆転するには1位を取るしかない。確かに練習ではいいタイムを出した。だが絶対ではない。そして我々はすでに現在最下位という恥辱を賜ってしまった。これを払拭するには普通に勝つのではいけない」
ブロムリーは譲らなかった。
「これも“寮のため”だ。君は獅子寮の一員だろう?」
そう言われれば、拒めなかった。
――そして、決勝の夕方。
校内の人工の川の水上には9艇のボートが並び、川辺には学生たちと保護者らが集まっていた。
アンジェラはボートに乗り込みオールを握りながらため息をついた。
「作戦が上手くいかなくても誰も君を恨んだりはしないさ」
舵取りの上級生が気休めに囁く。
(私のアイデアじゃないのに当たり前でしょう!? 私は目立ちたくないの。卒業まで可もなく不可もなく、目立たず波風立てず過ごしたいのに……)
耳目が集まればそれだけ隠している秘密が暴かれる可能性が高まる。
はぁ、ともう一つため息をこぼすと同時にスタートのピストルが鳴った。
湖面が一斉に波打った。
オールが水を掴み、跳ねる。
けれど、どの艇も不思議なほど慎重だった。
速すぎず、遅すぎず。まるでお互いの呼吸を合わせるように。
「作戦成功!!」
獅子寮の方から声が上がった。
「もう……ちゃんと試合やってよ……!」
アンジェラは8つのボートが獅子寮のボートの速度に合わせるように進んでいるのを見てがっくり肩を落とした。
どれも横一線。風が吹けば少し前後が入れ替わるが、すぐまた並ぶ。
水上の静かな談合──見ている方には滑稽にすら映った。
そして、ゴール目前。
アンジェラの艇がわずかに前に出た。
「こっこれいいのか? アリなのか!?」
前に座った上級生が叫ぶ。
でも、どうにもならなかった。水流が、風が、ボートを押し流す。
「いっ、1位、獅子寮……?」
審判役の生徒が躊躇いながら宣言する。
あとに続いて次々とボートがゴールラインを越えていく。
「この試合どうなるんだ?」
「獅子寮が1位?」
「いやいや、無効試合だろ」
大会実行委員集められ、協議される。
全生徒がこの勝負の行方を見守っている。
結論はすぐに出ず「早く結果を」と焦れた空気が流れ出す。
そして──
「1位、獅子寮!! 有効試合!!」
高らかに宣言されると歓声やら笑い声やらが爆発した。
「まさかの1位!!」
「いいのかよ!?」
「大会側も女王様を1位にしたかったんじゃ?」
「負けたーー!! 俺たち最下位だよ!! 誰だよ無効になるって言ったやつ!!」
「怒られる!! 怒られる……? 先輩たち笑って許してくれないかな?」
「どうかなー……?」
アンジェラは観客席から聞こえてくる声に脱力するしかなかった。
「やったぞ! 作戦成功だ!」
後ろに座っていた上級生がアンジェラに被さるように抱きつく。
「しかも1位だってよ!っておいお前、アンドリューを潰す気か!」
前に座る先輩がそれを引き剥がそうともがく。
のちに“艦艇平和協定事件”と呼ばれるこの状況に、アンジェラは壊れたように乾いた笑い声を上げ続けた。
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