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身代わり伯爵令嬢はパブリック・スクールで奮闘する  作者: キシバマユ
9年生編

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22/39

22話 暴漢

 時刻は正午。競技は時間通り進み中距離走までが終了。短中距離走の結果はまずまずといったところで、現在獅子寮の順位は7位に若干浮上した。


 アンジェラたちは一旦寮に戻り昼食を取ってから寮生揃ってラグビー場へ向かうこともなっていた。


 靴紐を結び直したアンジェラは、エリオットとルーシーと並んで芝生を踏みしめた。空は雲一つなく、風は少し熱を帯びている。どこかから芝刈り機の匂いが漂ってきて、昼休みのけだるさを誘った。


 「とうとうエリオットの出番だね」

 「うん。アンドリューをボートの試合に出させないためにも勝たないと」


 エリオットが意気込むと、ルーシーが力を抜けと言うように「まあ、頑張って」と軽く肩を叩いた。


 ラグビー場が見えてきた頃、アンジェラは一つの判断ミスに気づいた。


 (あぁトイレに行ってからくればよかった。外がちょっと暑かったから冷たいハーブティーやらレモンティーを飲みすぎた……。ラグビー場のトイレってどこだろう)


 「ごめんエリオット、ルーシー。ちょっとラヴ」

 「場所分かる? コートの向こう側の端のほうにあるんだけど」

 「ありがとう。探してみるよ」


 ラヴはlavatory(トイレ)の略で、エイルズベリー校で使われる独特の言い回しだった。

 他にも寮の自室のことをstudy(スタディ)、校舎の裏庭をyard(ヤード)、などと言ったりする。


 アンジェラは小走りでコートの外から裏に回った。

 トイレは石造りの古い建物の陰にひっそりとあった。

 ラグビー場のさらに向こうには、細い木立が並び、その先を見渡すことはできないが確かボートの競技会場でもある川があったはずだと記憶をたぐる。


 ふと、葉ずれの音の中に人の話し声が混ざって聞こえてきた。

 誰かいるのだろうかと目を凝らすと、運動服の襟をつかみ合うようにして2人の男子が出てきた。片方はアンジェラより上級生、もう片方は下級生に見えた。

 双方の顔は険しく、どうやら喧嘩をしているようだ。


 「離してください! あなたと僕はもうそういう関係じゃない!」

 「へぇ、言うね。あぁもしかしてもう他のやつに股開いた?」


 パシンと乾いた音が響く。


 「っぁあなたが僕を無理やり組み敷いたくせに何をっ!!」


 下級生はそのまま肩を怒らせて立ち去った。

 そして頬を張られた上級生と目が合ってしまった。

 その目が、一瞬で獲物を見つけたように変わる。


 「おっと、これはこれは。女王様にとんだ醜態を見られてしまった」

 「見てません。失礼します」


 足早に通り過ぎようとした腕を、木陰から出てきた上級生が掴む。


 「っ、離してください」

 「俺とさっきの子、どういう関係だと思う?」

 「知りません。興味ありません」

 「つれないねぇ。そういう高飛車なところも女王様、ってか」


 上級生は口の端をつり上げ、ねっとりとした視線を寄越す。

 アンジェラは不快感にゾワリと総毛立った。

 逃げようにも腕を掴まれていて振り解けない。


 それでも力任せに全身の力を使って一歩一歩後退るが、ひたとラグビー場の冷たい石壁が当たり、逃げ場がなくなったことに気づいた。

 上級生は、笑っているようで笑っていなかった。

 その目は、獲物を値踏みするようにゆっくりと上下に動く。


 「そんなに怯えるなよ。それとも煽ってるのか?」


 男は喉の奥でクツクツ笑った。


 「……離してください」

 「離してほしいのか?」


 言葉の端が甘く湿っていて、不快感がいや増す。

 男は一歩、また一歩と距離を詰める。

 砂を踏む音がやけに大きく響いた。


 「こんなところで1人なんて、危ないよ」


 そう言いながら、手が伸びてくる。

 指先がアンジェラの髪の端に触れ、わずかに持ち上げられる。

 陽の光が反射し、金の糸のように揺れた。


 「……触らないで」

 「綺麗だな。手入れしてるのか?」


 低い声。

 ほんの数センチの距離で、彼の呼吸が肌に触れる。

 整髪料と汗、そして昼の熱気が混ざった匂いが押し寄せた。

 アンジェラの心臓がドクドクと早鐘を打ち、こめかみから嫌な汗がつぅと流れた。

 喉がきゅっと詰まり、声が出ない。


 「肌も綺麗だ。この腕だって毛も生えていないしこんなに滑らかで……」


 男は空いているほうの手でアンジェラの腕をさわりと撫でた。


 「っ……!」

 「ヒゲも生えていない。成長が遅いのか? だったら俺はこのままの方が──」


 今度はアンジェラの頬を撫で、そのまま首筋を辿り鎖骨、そしてその先へと手が伸びる。

 身体が勝手に強張る。


 「怖い? そういうのもそそるから俺は好きだけどね」

 「……っ」

 「誰もここまで来ない。ラグビーが始まったらみんなそっちに夢中さ。声援にかき消されて声も届かない」


 そしてその手が再び動き始めたその時──


 「アンドリュー!!」


 怒声が風を裂いた。


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