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身代わり伯爵令嬢はパブリック・スクールで奮闘する  作者: キシバマユ
9年生編

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15/39

15話 少女から女性へ 母から娘へ

 6歳の初秋、ひとりきりで寄宿学校(パブリックスクール)の門をくぐったあの日から、8度目の夏が巡ってきた。


 夏休みを迎えた14歳のアンジェラは、実家には迎えの車を頼まず、領地の邸宅──マナーハウスに向かうため汽車に一人乗った。

 夏の社交シーズンは5月から7月までで、社交に熱心ではない両親は早めに田舎に戻っていた。

 窓から流れる故郷の丘陵と麦畑を眺めながら、胸の奥にわずかな緊張を抱えていた。




 年に3カ月程度しかいない実家だが、それでも帰えるとどこかホッとした。


 「お帰りアンジェラ」

 「お帰りなさい」

 「ただいま帰りました」


 玄関ホールの外まで迎えに出てくれた両親を抱擁を交わす。

 それから屋敷に入ると双子の兄、アンドリューが立っていた。


 「お帰り」

 「ただいま、お兄様」


 冬休みぶりに顔を合わせた兄アンドリューはやはりどんどんと男らしくなっていて、身長は7センチ差となり、変声期を迎えて声も低くなってきた。


 「荷物、持つよ。今回も大量の日記を持って帰ってきたんだろう?」

 「うん、書くのはなんとなくやめられなくて。でももう前ほどの量はないよ」


 以前は〝本物のアンドリュー〟が学校に通う日のために自分のことや友人たちのことを日記に記していたが、アンジェラもアンドリューも、もう“本物”が学校に通う未来はないだろうと思っていた。


 年月を経て2人は見分けのつかない双子ではなく、誰が見ても識別できる別の人間になってしまった。


 見た目だけではなく、アンジェラは1年生から8年生が終わった現在まで、中間・期末テストの全教科学年1位を譲っていない。

 持ち前の頭脳と弛まぬ努力で、学内中に名前が知られる存在になっていた。


 もうアンドリューのために学校に通っているのではない。今もアンジェラが学校に通うのは勉強続けたい、馬術の大会で優勝したい、次の学年になったら監督生に指名されるかもしれない、学校生活は楽しい。そんな思いからだ。


 ただ、両親が今も何を考えて自分を学校に通わせ続けてくれているのかを確かめたことはなかった。




 帰省初日の夕食。長いテーブルの上には銀の燭台が並び、仔羊のローストと夏野菜の香りが漂っていた。

 学校で週に一度ある晩餐会よりかは質素な食事。普段のビュッフェの食事よりかは豪華。そんなメニューだった。


 父のアンジェイは、カトラリーを置きナプキンで口元を拭いてアンジェラに視線を向けた。


 「さて、アンジェラ。学校生活はどうだ? 私がそのくらいの歳の頃は勉強は──ええと……まあ、あれだな。ラグビー部ではベンチ入りメンバーに選ばれて嬉しかったなぁ。友人たちとは学校の池で釣りをしてみたり、奥の山に入ってみたり……。そのくらいの歳が一番ある意味で行動的だったな」


 アンジェイは当時を懐かしんで笑った。


 「お父様、あの裏山は立ち入り禁止じゃないですか」

 「アンジェラ。あなたその物言い、もうちょっと女の子らしくなりませんの?」

 「アンジェラはずっと男のふりをして学校に行ってるんだからそんなこと言うのは酷だよ」


 母マリアナが嗜めたのをアンドリューが庇った。


 「そうは言っても、次の社交の季節(シーズン)はあなたも社交界デビューで、アンジェラはデビュタントなのよ?」


 バービカン王国の貴族の子供は16歳になる年のシーズンで社交界にデビューするのが慣例になっている。


 「アンジェラなら上手くやるよね?」

 「えぇ、お母様。外へ出る時は気をつけます。……でもお母様、お兄様と私が一緒に社交界デビューをしたら学校の人に入れ替わりがバレてしまいませんか?」

 兄が“アンドリュー・アランドル”として社交界にデビューしたら、同じ学校の同級生や上級生は訝しむだろう。

 

 「そうだわね。何か考えないと……」


 せっかくの帰省初日で夕食の場の空気が重くなってしまったことを厭ったアンジェイが話題を変えた。


 「今もエリオット殿下とは親しくさせていただいているのか?」

 「はい。この休みはルーシー……ルシアンと一緒に夏の離宮へ遊びに来ないかとお誘いいただいたので行ってこようと思います」

 「おぉ! それは光栄なことだ。楽しんで行ってきなさい」

 「わたくしは心配だわ。普段とは違う場所だもの。アンジェラの秘密を知られてしまうことにはならないかしら?」

 「だが、今更断るのも角が立つぞ。仮病を使って『ではお見舞いに』となっても困るぞ」

 「それもそうね……」


 無事にというか渋々というか、とにかく両親の了解も得た。

 了解されないとはアンジェラは考えていなかったが。


 「あまり長くお世話になってもご迷惑になるので滞在は1週間の予定です」


 エリオットは夏休みの終わりまでいてよと誘ったが、それはさすがに自分の秘密がバレるリスクが高すぎて了承できなかった。


 「王家の離宮かぁ。どんなところなんだろうね?」

 「うっ、うん……」


 アンジェラはアンドリューの本来の居場所を奪ってしまった気がして心苦しかった。


 「僕のことはいいから楽しんできて。帰ったらまたいつもみたいに勉強教えてよ」


 双子だからか、アンジェラがそう思っていることはアンドリューにはお見通しだった。


 「うん、でもお兄様も勉強が進んでいるからそろそろ私が教えるのも難しくなりそう」

 「そんなことはないでしょう? なんたってアンジェラはエイルズベリー校の主席なんだから」


 アンドリューは小首を傾げて苦笑した。

 成長してもその顔立ちはアンジェラと似ていて甘さを残しているから、そういう仕草も似合った。


 「じゃあ、お兄様に恥じないようこれからも勉強を頑張らなくちゃね」




 その夜、珍しく母のマリアナがアンジェラの部屋を訪ねてきた。


 「少しお話をしたいのだけれどいいかしら?」

 「えぇ、もちろんです」


 アンジェラは何かまた注意を受けるのかと身構えながらマリアナを部屋に招き入れ、小さなソファにテーブルを挟んで向かい合わせに座った。

 母は座ってから、言い淀むように少し逡巡して、そしてアンジェラに尋ねた。


 「アンジェラ、あなた少し胸が膨らんできたわよね?」


 言われて改めて自分の胸を見てみた。

 全く意識していなかったのでアンジェラは自分でも気づいていなかった。


 「そう、みたいです……」

 「成長期だからこれからもっと大きくなるわ。……それでも学校に通い続けるの?」

 「えっ……」

 「あなたがもう無理だと思うなら、わたくしから体のことは言わずにさりげなくお父様にお願いしてみるわ」


 学校を辞めるなんて考えてもいなかった。

 そして自分の体の成長のことも。

 これからは今まで以上に秘密を守り通すことが難しくなっていくのだろう。

 それでも──


 「続けたいです」


 意思は変わらなかった。

 マリアナもその瞳から覚悟を読み取ってこれ以上は言わなかった。


 「だったら、どう隠すかという問題だけれど……ボディバインダーを使いましょう」

 「ボディバインダー?」

 「コルセットみたいなものだけれど、胸を押さえて平らにする機能があるの。労働に従事する女性や乗馬をする方が使うものよ」


 それならば日常生活で使っても動きにくいということもないはずだとマリアナは付け加えた。


 「アンジェラが離宮に行っている間に急ぎ作ってもらっておくわね。それからもう一つ、あなた『月のもの』は来まして?」


 月のものと言われ、一瞬神話か何かの話かと思考を巡らせたがそうではないと気づいた。


 「いえ……」

 「だったら、そちらの対処についても教えておくわ」


 母から娘へ、夜の密やかな講義は続いた。


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