表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

11話 初めての喧嘩

 人の噂も七十五日、に似た言葉はバービカン語にもある。

 それはよく言ったもので、入学から3カ月も経てばアンジェラの噂をする者もいなくなった。


 暦は12月。ちらちらと雪の降る日も増えてきた。

 生徒たちはしっかりとコートを着込んで校舎と校舎を足早に行き交う。


 夜に向かってさらに気温が低くなる気配の中、暖炉の火がパチパチと爆ぜる音を聞きながらアンジェラはエリオットとルシアンとともに談話室でお喋りに興じていた。


 「こう寒いと室内系のクラブにすればよかったかなって思うよ」

 「そうかも。でも馬はかわいいからもう他は考えられないかな」

 「そんなにいい? わたくしは室内だからカイテキよ。議論がはげしすぎて室内が暑くなるくらい」


 ルシアンは弁論部に所属しているが、彼女は時々サボって絵を描いているのをアンジェラは知っていた。


 「ルーシーはどうして弁論部に入ったの? 絵を描くのが好きだよね?」

 「弁論に強くなればなにを言われても言い返せるでしょう? それに絵は自由にかきたいの。部に入っちゃうとうっとうしいこともあるじゃない」


 ルーシーは強い、とアンジェラは思った。

 だから自分らしくあれるし、自分を主張できる。


 「弁論部で口げんかをきたえるのか。強くなれそう?」

 「エリオット、わたくしは誰よりも強くなってみせるつもりよ」

 「ルーシーならなれる気がする。ねぇ、弁論部ってどんなことをしてるの?」


 アンジェラの問いにルーシーは少し気を悪くしたふうな顔になった。


 「それがね、ギダイが『女性に参政権を与えるべきかどうか』だったのよ。わたくしは『どうしてないの?』って思うの。しかも『与える』ってどうして上から目線? 理解できないわ。それってわたくしがまだ1年生だから?」

 「さんせいけんって?」


 用語の説明をされなかったエリオットが疑問を口にした。当然1年生ではまだ習っていない。


 「参政権は選挙で投票できるってことと選挙に出られるってことだよね」

 「わたくしも先輩からせつめいを聞いたけれど、大体そんな感じみたいよ」

 「投票できなかったり、選挙に出られないと何か困るのか?」

 「簡単に言うと、差別を受けていても口を出せない。他人の作ったルールに従うしかない、ってこと」

 「具体的には?」

 「確か、女性の低賃金での長時間労働が問題になっているって議論の中で言っていたかしら。……それにしてもアンドリューって授業で習ってないことも何でも知ってるわよね。やっぱり天才だわね」

 「僕もいつも思うよ」

 「そっ、そんなことないよ」


 倫子の記憶を使って答えたので、アンジェラは引け目を感じる。


 (そう、この国には女性の参政権がないから働くとしても工場での女工や、侍女、カフェの給仕、資格職も教員か看護婦くらいしかない。でも、そもそも貴族女性は働きに出ることは良しとされない)


 自分はどうなるのだろう。どうなれるんだろう。

 アンジェラは考えずにはいられなかった。


 「そうだわ。もうすぐ冬休みね。2人は何か予定があって?」


 冬休みまではあと2週間。そしてあと3週間で新しい年を迎える。

 だから寮内の空気がはずんでいるのをアンジェラは感じていた。


 「うーん、特にないと思う。2人とも知ってのとおりうちってお金あんまりないから」

 「あらお金がなくったって楽しむことはできるはずよ。うちの年末は毎年恒例のフォックスハンティングなの。あぁもう野蛮でイヤになっちゃう」


 ルーシーは思い切り顔を顰めた。

 彼女はハンティングのような無駄な殺生は好まない。

 美しいもの、綺麗なもの全般を愛している。


 「私のところは年末から年始にかけて王室主催のパーティーやバンサンカイで慌ただしくなる。私はまだ子供だから出ないんだけどね」


 エリオットは少し寂しそうな顔をした。


 (陛下も王妃陛下もお忙しくてエリオットはご両親と過ごす時間がなくて寂しいのかしら……?)


 「お城のパーティーかぁ。きっと華やかなんだろうね。一度でいいから行ってみたい」


 アンジェラは煌びやかな世界を想像して何気なく呟いた。

 その何の裏もない一言が彼の地雷を踏み抜いた。


 「君も私が王子だから友達になったの?」

 「えっ……?」


 突然の言葉をアンジェラは理解できなかった。


 「私に近づいてきた子たちはみんなそうだ。仲良くなったあとに言う。『親に仲良くなれと言われた』とか『お城に出入りできるようになりたい』果ては『妃にしてほしい』なんかもね」


 顔を歪めて吐き捨てるように言う。


 「ちっ違う! 僕はそんなこと考えたことも……」


 (私は本当のアンドリューじゃないから友達になって将来の側近になろうとも思わないし、妃にだってなりたいと思ったこともない!)


 だけどそれは言えないことだ。


 「違わない! だって君は出会った最初に私を『王子様』って呼んだじゃないか!」


 エリオットはガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がり談話室を出て行ってしまった。


 「どうしよう……。そんなつもりで言ったんじゃ……」


 拒絶されたアンジェラは追いかける力も出ず動けない。


 「わたくしは分かってるわ。あれはエリオットが悪い。過去に色々あったのが心の傷になっているみたいね」

 「心の傷……。僕はどうしたら……」


 (謝ったら許してもらえる? でも何に対して謝るの? 私は悪いことはしていないよね……?)


 「話し合うしかないと思うけど、エリオットが冷静になるまでは無理そうね」


 あと1時間もしたら夕食の時間になるから、その時にまた様子を窺ってみようということになった。




 しかし夕食の時間になってもエリオットは食堂に現れず、監督生が部屋を見に行っておらず、一気に学校中を巻き込む大騒動となった。

ぜひ評価の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎&ブクマよろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ