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1話 天才少女 アンジェラ6歳

新作を始めます。どうぞ最後までお付き合いいただければ嬉しいですm(__)m

 「お父様、お母様。私がお兄様の代わりに寄宿学校(パブリック・スクール)へ参ります」


 6歳のアンジェラ・アランドルは決意した。


 双子の兄、アンドリューに代わって兄が入学するはずだった寄宿学校に入学し、好成績を修め、貴族の子息と交流を持ち、このアランドル伯爵家を盛り立てると。


 しかし、なぜたった6歳のアンジェラがそんなことを考えつけたのか。

 時はこのアンジェラの直談判から1カ月ほど遡る。



 「お嬢様おやめください!」

 「だいじょうぶよ!」


 アンジェラはまだ小さい体で梯子に上り、可愛らしい手を必死に伸ばして、お目当ての本を取ろうとしていた。

 本を読むのが大好きで、今日も屋敷の図書室で読書を楽しむ予定だった。


 アンジェラは2歳で文字が読めるようになり、5歳の今では絵本はとっくに卒業。この図書室にある歴史書や経済、哲学の本など気の向くままに読んだ。

 そして父や母に質問した。


 「このくにはバービカン王国っていうの?」

 「そうだよ」

 「ことしは王国歴1905年?」

 「そうよ、アンジェラ。あなた王国歴が何かわかるの?」

 「この国ができてからなんねんか、ってことよね?」

 「そうさ! すごいなアンジェラ! それも分かるのか!」


 アンジェラは神童だった。

 誰も彼もがアンジェラを誉めそやした。

 母譲りの輝く金髪と花の顔。父譲りの神秘的なグレーの瞳。その美しく纏まった頭部の中には無限の可能性。

 しかし人々はアンジェラの聡明さを見るにつけ溜め息をついた。


 「これで男の子であれば博士にも首相でも成れたものだろう」


 と。そして、


 「双子の兄はアンジェラに良いところを全て持っていかれてしまった」と。


 アンジェラの双子の兄、アンドリューは至って普通の男の子だった。

 容姿は瓜二つ。しかし、アンドリューが文字を読めるようになったのは4歳。それは至って普通の発達で難しい本など読めるはずもない。


 しかし周囲はダメだと分かっていても双子の兄妹を比べてしまう。

 そして期待してしまう。


 「アンドリューがアンジェラのように賢く成長し、この傾いた伯爵家を立て直してくれたら」と。


 アランドル伯爵家はアンジェイの代になってから事業が不調で、家の存続を危ぶまれていた。

 アンジェイは悪い人間ではない。ただ人の上に立って判断する能力が致命的に欠けていた。


 そんなことだから本家のアランドル侯爵家も分家の家々もこのアランドル伯爵家の次代に期待を託してしまうのだ。


 そんな周囲の期待は幼なくとも伝わってしまうもので、兄のアンドリューは何となく、アンジェラはしっかりと理解していた。

 だからアンジェラは屋敷の書物を読み漁ったのだ。

 少しでも父の助けになればと考えて──


 「危ない!!」

 「あっ! きゃああ!!」


 体勢を崩したアンジェラは背中から落下し、したたかに頭を打ってしまった。


 「お嬢様っ! お嬢様ぁぁ!!」


 侍女が駆け寄り肩を叩くがピクリともしない。


 「誰か! 誰か助けてください!!」


 悲痛な叫び声をアンジェラは薄ぼんやりとした意識で聞いていた。


 (マリーったら。それじゃあ昔あった映画の世界の中心で何ちゃらを叫ぶ、ってやつみたいじゃない……。──あれ、私は映画なんて観たことがあったかしら……)


 そう思った瞬間、アンジェラの頭の中に記憶の濁流が押し寄せた。


 それは日本という国で生まれ生きていた山尾倫子(やまおりんこ)という名前の女性のものだった。

 生きていた35年の断片的な記憶が延々と見えては消えていく。


 日本の街並み、暮らし、言葉、学校や生活で身につけた知識__。

 途方もない情報量にアンジェラの脳はズキズキピシピシと悲鳴をあげた。


 (痛い痛い痛い痛いっ!!)


 叫んでも声は出ていない。記憶の上演も終わらない。


 東京の街。電車で通勤。職場のビル。オフィスでの仕事。取引先と電話。毎日の残業。一人で食べる夜食。同僚と行った居酒屋。重大なミスをして謝罪した日。不甲斐なくて流した涙。


 一瞬意識がブラックアウトしてはまた始まる。

 記憶はどんどん断片的に、加速するように脳内を焼き尽くす。


 浮かび消える。


 浮かび消える。


 (どれくらい見た? 私は誰? 私は__)




 「アンジェラ!!」


 目を覚ましたアンジェラは横にいた母、アリアナに顔を向けた。


 「あぁアンジェラ! 目を覚ましたのね! よかった……!」


 アリアナはボロボロと涙を流し、縋りつくように抱きしめた。

 そばにいた侍女は医者を呼びに部屋を飛び出す。


 「お母さ……お母様。私、どうしたの……?」

 「どうしたのって……こんなに心配させて! あなたは図書室の梯子から落ちて3日も目を覚まさなかったのよ!」


 マリアナはアンジェラの頭をそっと抱きしめ、後頭部のたんこぶを確かめるように撫でた。


 「ごめんなさい……」

 「可愛いアンジェラ……。さぁお医者様に診てもらいましょうね」


 医者の診察を受け経過観察ののち問題はなさそうだと判断された。

 しかし母や父など近しい人間は以前と言動が少し違っていることに気づいた。


 まだ早いからと教えていなかった食事のマナーを親を見て同じように行う。

 周囲に気を配り、言動に気を使う。

 母父にベッタリと甘えなくなった。


 今までも神童ではあったのだが、今はそれも超えている。

 今まではどれだけ天才でも子供は子供だった。それが急に大人になってしまったかのような──


 「お嬢様は頭をお打ちになってから変わられてしまわれました。マリーはどうお詫びをすればよいか……」


 アンジェラの乳母でもあったマリーは心配と事故を防げなかった罪悪感で、ある日とうとう耐えきれずにアンジェラの世話をしながら泣き崩れた。


 「あのね、誰にも言わないでほしいのだけれど……」


 アンジェラはマリーを抱き起こして手を取った。 


 「頭を打った日からたまにね、声が聞こえるようになったの。その声は『食事のマナーを知らないなら見て学ぶべきね』っていうようなアドバイスをくれるの。私もそうしたほうがいいかなって思ったから声に従ったの」


 アンジェラが頭を打った時に見た記憶は山尾倫子、アンジェラの前世の記憶だった。


 通常であれば子供の未熟な頭に前世で蓄えた膨大な知識量が流れ込めば、回路は焼き切れ廃人になる。

 しかしアンジェラの頭は神童と呼ばれるほどに上等、そして幸いとは言いづらいが前世は35年分しかなかった。

 ゆえにアンジェラの脳は耐えきった。


 しかし弊害というのか、アンジェラの脳に山尾倫子の記憶と同時に思考と思考力もインストールされたため、それが不意に『アドバイス』として頭の中に響くのだ。

 いきなり自分の中に別人が入り込んだような状態だがアンジェラは幼さと賢いがゆえにそれをすんなりと受け入れた。




 この「アンジェラ転落事件」で屋敷中がパニックになり、その間放っておかれたアンドリューは精神が不安定になってしまった。

 その結果、通っているプレスクール__満7歳から通う学校の前の幼児教育施設。日本での幼稚園に近い__で事件が起こった。


 工作の時間にトイレに行きたいと言えずに漏らしてしまったのだ。

 オムツが外れて数年経つ5歳でのお漏らしは珍しいがないわけではない。


 しかしこのお漏らし事件でアンドリューの心は完全に折れてしまった。

 天才の妹。出来ないことなど何もない、もちろんトイレを失敗するところなど見たこともない。

 それに引き換え何も出来ない自分。トイレに行きたいとさえ言えない自分──


 アンドリューは恥ずかしくて情けなくて、自室から出られなくなった。

 それはアンジェラが事故後目覚めてから2日後のことだった。


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