第5話:星降る神社の巫女様と神社祭の夜
そして、星見祭の夜が来た。
境内は人で溢れかえっていた。久しぶりの賑わいに、古い石段も嬉しそうに見える。提灯の温かな光が参道を照らし、露店から漂う香ばしい匂いが夏の夜風と混ざり合っている。焼きそばやたこ焼き、かき氷の屋台が軒を連ね、子どもたちの笑い声が境内に響いていた。
私はカメラを構えながら、この光景を記録に残していく。三十年ぶりとも言える盛大な星見祭。ミホちゃんの努力が実を結んだ瞬間だった。
ミホちゃんは参拝者の対応に追われ、額に汗を浮かべながら走り回っている。白い巫女装束に身を包んだ彼女は、まるで舞台の主役のように輝いて見えた。
「ミホちゃん!」
私は彼女の一生懸命な姿を見て、声をかけた。
「あっ!な、なんですか?」
ミホちゃんは慌てたような表情で振り返った。頬は汗で濡れ、髪の毛も少し乱れているが、その表情には充実感が満ち溢れていた。
「記念に1枚いいかな?」
私はカメラを構えながら提案した。
「え?こんなに汗を掻いてるのに・・・恥ずかしいから嫌ですよ」
ミホちゃんは慌てたように手で顔を隠した。でもその仕草さえも愛らしく見える。
「その一生懸命な所が良いんだけどなぁ」
「そ、それじゃぁ 1枚だけ・・・」
ミホちゃんは恥ずかしそうにしながらも、少し嬉しそうな表情を見せた。
カシャ
フラッシュの光の中で、ミホちゃんの笑顔が輝いた。疲れているはずなのに、充実感に満ちた美しい表情だった。汗で濡れた頬も、乱れた髪も、全てがこの夜の思い出として焼き付けられた。
「ありがとう。良い写真が撮れました」
「もう!あとで私が確認するまで見ちゃダメですからね」
ミホちゃんは照れながらも嬉しそうに指を振った。
「あはは、了解!」
久々にミホちゃんとまともな会話をした気がしたし、私に向けたミホちゃんの笑顔も久々に見た気がした。この数日間、気まずい空気が流れていただけに、彼女の笑顔がとても眩しく感じられた。
「さてと・・・私も頑張ろう!」
私はシャッターを切り続けた。
賑やかな露店の様子、提灯に照らされた参道、星を見上げる人々の表情。家族連れや若いカップル、お年寄りまで、様々な世代の人々が夜空を見上げている光景は感動的だった。
その一瞬一瞬を逃すまいとカメラを構え続けた。レンズ越しに見る祭りの風景は、まるで昔の賑やかだった頃の星見祭が蘇ったかのようだった。
ーー数時間後ーー
予定より撮影が長引いてしまい、私は少し焦りを感じていた。
もう満月は空高く昇っているのに、まだ仕事が終わらない。心臓の鼓動が次第に早くなっていく。神様との約束の時間が迫っている。
カシャ
ようやく最後の一枚を撮り終えたとき、月はすでに中天にあった。満月が夜空で静かに輝いている。あの月の下で、神様が私を待っているのだ。
心臓を高鳴らせながら星見の丘へと向かう。足音を立てないよう注意しながら、人混みを縫うように進んでいくと星見の丘への入り口が見えてくる。
きっとこの門のような入り口は、私にしか見えていないのだろう。誰にも気づかれないように、人目を気にしながら入り口の門を潜り、少しばかり長い道を進んで行く。
すると、いつもの場所で神様が佇んでいた。
祭りの賑わいがここまで届いている。太鼓の音や人々の笑い声が風に乗って運ばれてくる。神様はその光景を丘の上から楽しそうに眺めていた。月光に照らされた彼女の横顔には、深い感動が浮かんでいる。
「久しぶりにこんなに賑やかな星見祭を見られて、とても嬉しいです」
神様は喜びに満ちた表情で境内を見つめていた。輝く瞳で境内を見つめる神様の横顔に心を打たれた。その表情には、長い間待ち続けていた願いがようやく叶った安堵感が込められているように感じてしまった。
やっぱり神様は綺麗だなと思いながらも、本当にこの土地に住む人の事が好きなんだなとも感じた。
「皆さんが楽しそうで本当に良かった」
深い喜びが込められていたその声と、月光に照らされたその姿は、いつもより人間らしく見えた。神様は感動したように胸に手を当て、まるで三百年分の孤独が一気に癒されたかのような表情を見せていた。
「すみません・・・遅くなってしまいました」
私は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ、お仕事ですものね」
神様は優しい微笑みを浮かべながら許してくれた。その微笑みに胸が締め付けられる。
「神様は、いいのですか?」
「なにがでしょうか?」
神様は首をかしげながら不思議そうに私を見つめた。
「この星見祭の主役の神様がここに来ちゃって・・・」
「ふふふ。大丈夫ですよ」
神様は私を安心させるように優しく微笑んでくれた。
「もう私の為にして下さった祭祀は終わりました」
「それに、みなさんにはたくさんの笑顔も見せて頂きました」
「とても楽しいお祭りでございました」
神様は心から満足そうな表情を見せた。その表情には、人々の幸せな姿を見ることができた深い喜びが込められていた。
「喜んで頂けて良かったです」
私はミホちゃんの手伝いをしただけだったが、祭を喜んでいる神様を見ていると、やって良かったと心から思えてくる。
「お祭りに来て下さった皆さんの想いがとても温かかったのです」
「見ているだけでも私は幸せな気持ちになりました」
神様は感謝の気持ちを込めてそう語った。
「・・・それに」
少し恥ずかしそうに言葉を濁す神様に、それに?と私が聞き返す。
「今日はあなたが会いに来てくださる日ですから・・・」
言葉を詰まらせる神様の頬が、月光に照らされて赤く染まっていた。
私の聞き間違いではないはずだ。神様は恥ずかしそうに俯きながら、確かに小さな声でそう呟いた。
私の心臓が大きく波打つ音が自分にも聞こえた。胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
「葛城さんは、私のことをどう思われますか?」
神様は勇気を振り絞ったような表情で私を見つめた。その瞳には、三百年もの間誰にも伝えることのできなかった想いが込められているように見えた。
「それは・・・」
私は何と答えればいいのか分からなかった。心の中では答えは決まっているのに、神と人という境界の前で言葉が出てこない。
「すみません・・・やはり、答えないでください」
神様は慌てたように手を振り、恥ずかしそうに目を伏せた。
「変な事をお聞きしてしまい、申し訳ございません」
その言葉には切なさが滲んでいたが、でも私は少し嬉しく思ってしまっていた。
神と人という越えられない境界を感じながら、でも確かに心は通じ合っている様な気もしていた。
2人とも目を合わせないまま、何も語る事もなく夜が更けていく。
境内からは人々の楽しげな声が聞こえてくる。太鼓の音が遠くから響き、満月が夜空を彩っている。しかし、この丘の上では時が止まったかのような静寂が流れていた。
私たちは静かに寄り添いながら、無言で祭りの灯りを見つめていた。
神様との距離は物理的には近いのに、きっとお互いの気持ちも近いはずなのに、どこか遠い気がしていた。
でもこの時間がとても愛おしかった。この瞬間が永遠に続けばいいのに、そんな風に思わずにはいられなかった。
ふと視線を感じて振り返ると、丘の入り口にミホちゃんの姿があった。
この丘に来る道は私にしか見えないはずなのに、彼女は丘の入り口で、じっと月を見つめていた。その表情には深い悲しみと、同時に何かを理解したような静謐さが浮かんでいた。
その瞳には、神様と同じく、小さな星の光が揺れている気がした。まるで彼女自身も、この神秘的な世界の一部であるかのようにさえ思ってしまう。
しばらくすると、ミホちゃんは寂しそうな表情を浮かべながら神社の方へ戻って行った。その後ろ姿には、諦めと同時に深い理解が込められているように見えた。
「ここに来る道も、私の姿も、葛城さんの姿ですらも今は見えないはずなのに・・・」
「あの子はきっと分かっているのでしょうね」
神様は優しい表情でミホちゃんの後ろ姿を見送っていた。
私は神様の顔を見ながら、え?と聞き返す。
「この神社には、目には見えない何かが居る事に気付いているのでしょうね」
「そして、その見えない者と、葛城さんの関係も気付いていると思います」
言葉を濁す神様の表情が切なく、少し悲しそうな表情を浮かべながらそう語った。
境内から祭りの音が響いてくる。
賑やかな人々の声、提灯の揺れる音、そして風鈴の音色。全てがどこか儚く感じられた。まるでこの世界とあの世界の境界線上で聞こえる音のように感じる。
「でも、これで良かったのです」
神様は安堵したような表情を見せた。
「星見祭がまた活気を取り戻してくれました」
「あの子のような若い方達が、今でもこの神社を大切に思ってくれている事も知れました」
「古い者から新しい者に変わる事も、必要な事なのですよ」
神様は慈愛に満ちた表情でそう語った。
「それに私は、葛城さんにも幸せになって貰いたいのです」
その言葉には深い安堵が込められていると同時に、まるで何かを決意したかのような響きがあった。神様は少し寂しそうな、でも覚悟を決めたような表情を見せていた。
気が付くと祭は終わっていて、神社にはいつもの静けさが戻っている。
境内に残された提灯の明かりが、神様の住まうお社をいつもより透明に照らし出していた。人々の笑い声や太鼓の音も次第に遠ざかり、夜の静寂が戻ってきている。
「素敵な星見祭でしたね」
私は感動を込めてそう言った。
神様は嬉しそうに「はい」頷いた。その表情には深い満足感が浮かんでいる。
「来年はもっと良いお祭りにしましょうね!」と私が言いかけたその時、神様の表情が一瞬曇ったように見えた。
何か言いかけて、でもその言葉を飲み込んでしまったような感じがした。神様は少し悲しそうな表情を浮かべながら俯いた。
「・・・また、次の満月に」
いつもの別れの言葉なのに、今日はどこか重みを感じた夜だった。その声には、何か大切なことを伝えきれなかった悔恨のようなものが込められているように感じられた。
そして、いつものように、神様の姿が夜明けの光の中に溶けていく。
後には私の中に切ない想いだけが残されていた。しかし同時に、今夜は特別な夜だったという確信もあった。神様の想いが、確かに私の心に届いていた。
星見祭の翌朝になると、神社はいつもの静けさを取り戻していた。
私は境内の掃除の手伝いを終えると、昨夜撮った写真の確認を始めた。
祭りの賑わいを収めた数々の写真に私は満足していた。人々の笑顔、提灯の光、夜空に浮かぶ満月。全てが美しく撮れている。
「葛城さん。お疲れ様です」
ミホちゃんが疲れた表情を見せながらも、満足そうに私に声をかけてきた。
「ミホちゃんもお疲れ様」
「昨夜はずっと走り回っていたもんね。疲れたでしょ?」
「はい!でも楽しかったです!」
ミホちゃんは充実した表情を見せた。
「たくさんの人に来ていただけて、本当に良かった」
目を輝かせて話すミホちゃんの表情は、昨日までの少し寂しそうな様子が嘘のようだった。祭りの成功が、彼女に新たな自信を与えているように見える。
「あ!昨日撮った写真見てみる?」
「はい!もちろんです!」
「あ、そう言えば、私の写真もあるんでしたっけ?」
ミホちゃんは恥ずかしそうな表情を見せた。
「うん。凄く可愛く撮れてるよ」
「やっぱり見たくありません!」
ミホちゃんは慌てたように手を振った。
もう一度、私が「可愛く撮れてるよ?」と念を押すと、ミホちゃんは恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「・・・ちょっとだけ見せてください」
写真を見せると、ミホちゃんは恥ずかしそうに目を伏せた。
「私、こんなに汗かいてたんですね・・・でも意外と良く撮れてますね」
ミホちゃんは驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せた。
「意外とって・・・私は一応プロなんだよ?」
「あはは。そうでした」
その声は以前のミホちゃんの元気な声に戻っていた。ミホちゃんは恥ずかしそうに笑いながら頬を掻いた。
「良い写真でしょ?この一生懸命な姿が素敵だよなぁ」
「ちょっと!恥ずかしいから早くしまってください」
ミホちゃんは真っ赤になって手をひらひらと振った。
他の写真も一緒に見ていると、提灯に照らされた参道の写真に目が留まる。
その写真には、かすかな光の帯が写り込んでいる。
「わぁ、きれいな写真ですね」
ミホちゃんも神秘的な光が映った写真を見つめている。
「神様もきっと喜んでくださったと思います」
ミホちゃんは確信に満ちた表情でそう言った。
その言葉に私は何も返答できなかった。神様も喜んでいたよとは言えるはずもない。胸の奥で何かが疼くような感覚があった。
続けて写真を確認していくと、似たような光が写り込んでいるものもあったのだが、しかしその光は以前と比べると、薄く儚いような気がした。
特に祭りの終わり頃に撮った写真ほど、その傾向が強い。まるで少しずつ薄れていくかのように、弱い光になっている。
そんな写真を見ていると、胸の奥で何かがざわつく気配を感じた。
昨夜、神様が最後に見せた表情が蘇る。
何かを言いかけて、その言葉を飲み込んでしまったような顔が忘れられなかった。あの表情には、重要な何かを秘めているような重みがあった。
「葛城さん?どうかしました?」
ミホちゃんが心配そうな表情で私を見つめている。
「あ、ううん。何でもないよ」
私は慌てて笑顔を作った。
「でも、本当に素敵なお祭りだったね」
「はい!来年はもっと素敵なお祭りにしましょうね」
ミホちゃんは希望と自信に満ちた表情でそう言った。
その言葉に、私の中でさらに切なさが広がった。
来年も神様と一緒にここの祭を見られるのだろうか・・・
そんな不安がどこからともなく湧き上がってきた。写真に写る光が薄くなっていることと、神様の最後の表情が、何か不吉な予感として、私の心に重くのしかかっていた。




